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別れた元カノがうちのメイドになった件  作者: 雨宮桜桃
第2章
20/39

第一回ファミレス会議「――イラつくんだよね……」

◆ 天海浩介 ◆


 ゴールデンウィークが明けて1週間が過ぎた。休みの余韻はとっくに消え、クラスの話題は再来週に控えた期末試験へと移り変わっている。

 そんな中、僕の脳内は――


 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った…………。


 空腹に思考を支配されていた。


 と、いうわけで放課後――僕が訪れたのは学校近くのファミレスだ。

 安くて美味い! が売りのこのファミレスはお金のない学生にも大人気で放課後のこの時間はいつも大賑わいを見せている。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 こんな忙しいときに1人で席を使ってしまうのは申し訳ないがこちらもお腹が限界だ。


「1人で――」

「――2人です!」


 え……?

 振り返ると無表情で2本指を立てる水無瀬さんの友達――琴吹(ことぶき)真央(まお)の姿があった。


「2名様ですね。お席に案内します。こちらへどうぞ」


 戸惑いながらも後ろが(つか)えているため大人しく店員さんについていき、案内されたテーブル席に向かい合う形で座る。


「ご注文がお決まりしましたらお呼びください」


 店員さんが去っていくとテーブル端にあるメニューを手に取り黙々とそれに目を通す琴吹さん。


「あ、あの……」

「ん? 注文決まった?」

「いや……」


 そうじゃなくって! おかしくないですか? この状況!?


「琴吹さんはなんでここに?」

「ん? うち今日親いないから外で済ましちゃおって思って」

「そ、そうなんですか……」

「あたしとごはん食べるの嫌?」

「いえ、そんなことは……ただちょっと驚いたっていうか」


 お互い水無瀬さんを介して面識はあるもののこうして1対1で話をするのは初めてだ。


「まあちょうどあんたに聞きたいこともあったから好都合だったけど」

「聞きたいこと?」


 そういうと琴吹さんはメニュー表を閉じこちらに差し出してくる。


「先に注文決めたら?」

「あ、はい……」


 琴吹さん、水無瀬さんからクールな人だとは聞いていたがちょっと口調が強くてちょっと怖い。

 なるはやで注文を決め、呼び鈴を鳴らすとさっきの店員さんが笑顔でやってきた。


「ご注文お決まりですか?」


 まあ僕は夕飯もあるし軽めにっと。

 

「えーと僕は大盛りポテトとこのドリアを」

「あたしはカルボナーラ大盛りとコーンピザとガーリックチキンあと彼と同じドリアを。あぁ、あとドリンクバーも」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言って笑顔で厨房へ向かう店員さんの表情とは対極に僕は戸惑いを隠せなかった。


「……結構食べるんですね」

「ん? 普通だけど」


 普通……ではないよな?

 平然と立ち上がりドリンクバーを入れに行く琴吹さん。確かに身長は女子にしては高めだが腰回りはシュッと細く無駄な肉なんてどこにも付いてなさそう。

 一体あの体のどこにあの量が入るんだ……。


「なにジロジロ見て」

「い、いえなんでも……」


 …………怖い…………。


「お待たせしました。ご注文の品はお揃いでしょうか」

「はい! 大丈夫です!」


 さっきまでの威圧感はどこへやら。運ばれてきた料理を前に目を輝かせる琴吹さん。


「あーそういえば僕に聞きたいことって……」

「…………天海くん…………」

「はいぃ!」

「それはあと。料理が冷めちゃうでしょう」

「は、はい! すみません……熱っ!」


 慌ててドリアを口に運んだせいで舌を火傷してしまった。

 急いで水で舌を冷やす僕を余所に琴吹さんは、


「う~~まぁ~」


 幸せそうにピザを頬張っている。


「……ピザ好きなんですか?」

「ピザっていうか、食べることが好き」


 そう言って次から次へと料理を口にしていく琴吹さん。気が付けばあんなに注文した料理がきれいさっぱりなくなくなっていた。




 

 琴吹さんが追加注文したイタリアンプリンを美味しそうに完食し、食後のコーヒーを淹れて戻ってくると、


「……で、話だったよね」


 唐突に場の空気が変わったのを感じた。

 改めて僕の正面に座り直した琴吹さんはまるで逃がさないようにその瞳に僕を(とら)えると、

 

「ぶっちゃけさ、天海はなんでさやのことフッたわけ?」


 言葉こそ強くないがそこには確かな怒りを含んだ声音で僕を問い質す。

 その迫力とあまりにもド直球な質問に言い淀んでいると琴吹さんはさらに質問を重ねてくる。


「普段の様子を見る感じ、別に嫌いになったわけじゃないんでしょ?」

「そうですね……別に嫌いになったとかそういうのじゃないです」


 むしろ好きだからこそ別れたのだが、そんなことを言っても琴吹さんの怒りに油を注ぐだけだ。


「別にあんたらが別れようがあたしの知ったこっちゃないんだけどさ――」


 琴吹さんはコーヒーに1度口をつけるとカップをテーブルにカタンと置き、僕を睨みつける。


「――イラつくんだよね。友達を傷つけられると」


 ああ、水無瀬さんは良い友達を持ったんだな。そう思うと同時に琴吹さんという人が分かった気がした。

 普段はクールにしているがとても友達思いで友達のためになら本気で怒れる熱い心を持った人なのだ。

 今までは水無瀬さんの友達なんだなぁ。ぐらいにしか思っていなかったが琴吹さんのことをもっと知りたいと思った。そしてもっと僕のことも知ってもらいたいと思った。人として尊敬するというのはこういうことを言うにだろう。だから僕は別れた理由を包み隠さず話すことにした。




 

「う~ん……なるほど」


 僕の話を聞き終えた琴吹さんは怒鳴ったりはせず、しばらく話を咀嚼すると難しそうな表情を浮かべる。


「色恋にあまり関わりのないあたしには天海の気持ちがわかるとは言えないが考えは大体わかった。カップルにも色々あるんだな」


 どうやら琴吹さんなりに納得してくれたみたいだ。「だけど1つ――」琴吹さんは人差し指を立てると、


「あたしは天海のやったことが最善だったとは思わないかな」


 と、付け加えコーヒーを1口啜る。


「というと?」

「まず1つはこういうことこそお互いちゃんと話し合うべきってこと。たとえその結果別れることになったとしても」


 確かにこの件は僕が勝手に決めて勝手に実行したことで、その原因は間違いなくそれまで話し合いをほとんどしなかったことにあるし、そうだと最近思い知った。


「そして2つ目――さやが泣いてたってこと」


 拳にグッと力が入る。

 水無瀬さんから明里さんと琴吹さんにはたくさん慰めてもらったと聞いた。


「その節は申し訳ありませんでした」

「別にあんたがあたしに謝ることなんてないでしょ――まぁ殺してやろうとは思ったけど。アハハハハ」

「ハ、ハハッ……」


 …………目が笑ってないです…………。

 

「謝るならさやに謝りな」

「それはもちろん」


 琴吹さんは残りのコーヒーを一気に飲み干すと、


「さて、あたしそろそろ帰ろっかな」


 テーブルにお金を置いて先に店を出て行った。

 

 琴吹さんが帰ったあと、無意識に長い息を吐いた僕は今日のことを振り返る。

 今回はたまたま相席をする流れになったが存外悪くない時間だった。

 ……まあ怖いから差しはもう勘弁だけど。

 

 だが、まだこのときの僕は(のち)にファミレス会議と称されるこの会食の機会がまたすぐに訪れすことを知る由もなかった。

皆様御一読ありがとうございます。

約1年半ぶりの更新だったにも関わらず、初日で150以上のPVありがとうございます。

Xの方では投稿したんですがこの度『別れた元カノがうちのメイドになった件』の略称が決まりまして『カノメイド』となりました。

皆様ぜひXの方で#カノメイドで感想等どしどしお待ちしております。もちろんこちらで頂いた感想も全て目を通しておりますのでどしどしコメントお待ちしております。(私のモチベーションのためにも)

これからもカノメイドをよろしくお願いいたします。

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