別れた元カノがうちのメイドになった件〈下〉
前回のあらすじ――
別れた元カノがうちにメイドとしてやってきた。
リビングのダイニングテーブルで僕・天海浩介と元カノの水無瀬紗弥はお互いいつ話しかけるかタイミングを伺っていた。
「なんでメイドの仕事なんて始めたの? しかも住み込みの……」
「それは内緒……です」
内緒か……。
「はあ。とにかく無理に敬語を使おうとしなくてもいいよ。別に僕をご主人様だとも思わなくていい」
「でもそれじゃ……お金ももらってるのに」
「同級生に――ましてや元カノにご主人様と呼ばせる性癖は持ってないのでね」
「同級生……元カノ……」
水無瀬さんは寂し気につぶやく。
「あと身の回りの世話とかもいいから」
「……え?」
「水無瀬さんも別れた元カレの世話なんて嫌でしょ」
水無瀬さんは俯き、何も言わない。
「メイドも今月でやめていいから」
最大限のやさしさのつもりだった。元カレの世話も一緒に住むのも嫌だろうと――けれど
「……天海くんは私のことが嫌いですか……」
「いや、嫌いってわけじゃないけど……」
むしろ大好きだ。だから別れたし今だって……。
「じゃあどうして私との関わりを絶とうとするの」
「…………」
言えない。すべて僕の自分勝手な考えでそれが水無瀬さんのためになると思った。こんな意気地なしの僕なんかに水無瀬さんはもったいないと思った。だから彼女との別れを決めたんだ。
僕と水無瀬さんが付き合い始めたのは去年の5月1日――ゴールデンウィークの前日だ。それから翌年の4月8日まで約1年、デートに行った回数は片手で数える程度。キスはおろか手を繋いだことさえない。それもこれもすべて僕の意気地がなかったせいだ。
水無瀬さんはいつも頑張って関係を進展させようとしてくれていたのに僕が不甲斐ないせいで関係は一向に進展せず。いつまでも付き合いたてのカップルのようなよそよそしさ。いや、付き合いたてのカップルでももう少し距離が近いだろう。
こんなおままごとのようなカップルごっこで彼女の貴重な青春の時間をこれ以上奪うわけにはいかない。だから僕は彼女から身を引くことを決意した。
「……わかった――1ヶ月したら出て行く。だけど1ヶ月の間はメイドとして仕事をする。これでどう?」
「……わかった。じゃあ1ヶ月間よろしく」
「ええ……」
こうして1ヶ月だけという約束で別れた元カノがうちのメイドとなった。