2-3「ジャンケン」
「ふぁーあ……」
登校中。いつもの小路を歩きながら、看谷は大あくびを一つ。
(さすがに眠いな……)
「看谷さん。おはようございます」
「ああ己己己己……おはよう」
小走りの靴音に振り向くと、別の路地を曲がって来た己己己己がパタパタと合流してきた。
「……。またゲームで夜ふかしですね」
ギクッ。一発で見透かされてしまって、看谷は母親に叱られるより驚いてしまったかもしれない。
「な、なんで? オレ、なんかおまえに話してたっけ?」
「いいえ? 第1、第3水曜日の朝は必ず眠そうにしてるので、調べてみたら看谷さんが好きなゲームの『あっぷでーと』? がその前日にあるとわかりました」
「……ぐ。正解。『ファイナルレジェンズ』のイベントクエストが更新されるから、ついガッツリやっちゃうんだよな」
と自白してしまったが、悔しいやら己己己己が恐ろしいやら。
「ていうか、そんなことのためにわざわざ調べるなよ……」
「そんなことだなんて。睡眠欲、食欲、性欲の三大欲求は健康の基礎ですよ」
「せっ……だ、大丈夫だっての今晩早めに寝てプラマイゼロにするから!」
「ダメです、そんなことをしたら体内時計がもっとおかしくなっちゃうかもです。夜ふかしはやめて、朝日といっしょに目が覚めるような規則正しい早寝早起きをお願いします」
「ほっとけよ! 母さんでもそこまで口うるさくないっての!」
「じゃあ、ジャンケンして勝ったほうの言うことを聞くということでどうですか?」
「はあ? やだよ、俺がノる理由無いじゃん」
己己己己が『グー』の手を振ったが、看谷は『パー』ならぬ『お断り』の手を振った。
「看谷さんが勝ったらもちろん好きなだけ夜ふかししていいですし、今日の掃除当番も代わってあげます。あと私が言い出したことなので、10回勝負で1度でも看谷さんが勝ったら勝ちでいいですよ」
「はああ? ……バーカ、おまえカケヒキ下手すぎだろ。ノッた」
看谷も『グー』の手で応えれば、二人合わさって『最初はグー』と引き絞られて。
(数学の授業で確率の勉強しただろ。10回勝負でオレが1度でも勝てばいい確率と、己己己己が1度でも負けちゃいけない確率は……、……えーと……、とにかくおまえの負けだ己己己己!)
「ジャーンケーン、ポン」
看谷、チョキ。己己己己、グー。
「く。ジャーンケーン、ポン」
看谷、パー。己己己己、チョキ。
「う。ジャーンケーン、ポン」
看谷、パー。己己己己、チョキ。
「んっ? ジャーンケーン、ポン」
看谷、グー。己己己己、パー。
「ちょっ、え、ジャ、ジャンケン、ポン!」
看谷、チョキ。己己己己、グー。
「ジャッッ、ジャァァンケンポンゥゥッッ……!!」
負け。
負け、負け、負け、負け。
「な、なんでだぁぁぁぁぁぁ……!?」
「やったー。です」
看谷、全戦全敗。己己己己、全戦全勝。
「おかしいだろ!? あいこ1回も無しでおまえの全勝なんて確率的に!」
「……確率? 私は看谷さんの手を読んだだけですよ」
「て?」。看谷が棒立ちになったのを見て、己己己己はイタズラっぽく首を傾げてみせた。
「たとえばチョキを出す直前、看谷さんは指を『3』の形にするクセがあります。パーの時は反対の手がネコみたいに開きますし、グーなら振りかぶった瞬間の肘が他より上がってます。それと連続で同じ手を出す場合は目の動きが……」
「まてまてまてもういい! なんか恥ずかしくなってきた!」
「あ、ちなみに恥ずかしくなった時に左手でつむじの辺りをイジるのもクセです」
(指一本動かせない……!)
恐ろしい。チラッとしか話したことのない趣味のゲームから行動パターンを突き止めるぐらいなのだ、どうせ最弱保健委員だからと侮るべきではなかった。
体力も無いしバカだし不器用だし天然危険物だが、やると決めたことに対して彼女の根性は底知れないのだから。
「……っ~~。なん、で、そこまでやるんだよ……」
「なんでも知りたいからです。看谷さんのことなら」
しまった。指一本動かさなかったが口が滑り、気づけば、つま先が触れるほどの至近距離に己己己己がいた。
「好きなものも、嫌いなことも、クセも、……ぜんぶ」
「え……う、あ……」
覗き込まれる。そして、指どころか呼吸すらも交わせなくなる。
「だってそうしないと、このカルテが完成しないですから」
看谷の鼻先に「ぶっ」、厚紙が触れた。
己己己己がいつの間にか持っていたノートが、彼女のニンマリと吊り上がった口元へ掲げられた。
『看谷さんカルテ 2冊目』と表紙に書かれたノートが。
「じゃあ私の勝ちなので。看谷さんには夜ふかしの自粛と、好きなものを100コ教えることを命じます」
「はあああ!? 夜ふかしのはともかくなんだそれ聞いてないぞ!?」
「言ってなかったですから。ジャンケンの前に確認しておいたらよかったのに、残念でしたね」
「己己己己ぃぃぃぃ……!」
好きなもの47コめでギブアップしたら、明日の掃除当番の手伝いを命じられたのだった。