EX2-3「ナイトプール」
縁日を満喫した悠斗と癒子は、境内を後にすると駐車場で一息ついた。
「ふぅ~腹いっぱい。当たりもしない当て物屋台にも釣られなくなったからなあ、大人になったなあ」
「中学の時の、あの青さめさんぬいぐるみが最高記録ですね」
「……アイツは実家に置いといたままでもよかったと思うんだけどなあ」
「ダメですよ、さみしがっちゃいます」
悠斗の自室の一角を占めている巨大青さめぬいぐるみは、もっぱら癒子がクッション代わりにゴロゴロしたり頬擦りしたり抱きしめたりしているのだがそれはまたべつのお話。
「さてと、じゃあ実家に顔だけ出して帰るか。今回はどっちの家行く?」
「悠斗さん。それなんですけど、寄るのはまた今度にしますって私から連絡しておいたんです」
「ん? どういうこと?」
仕送りをもらっている身としても、地元へ帰ってきた時には家族へ顔を見せるようにしているのだが。それをあらかじめ断っておいたと言った癒子は、少なくともネガティブな色は無さそうな無表情で。
「帰る前に、もう1ヶ所だけ遊びに行きたいです」
なぜか周りを見回してから、癒子は悠斗の間近へ近すぎるくらいに踏み込んだ。
悠斗は「ちょっ?」、自分の胸に彼女の肩が当たっただけで手をさまよわせるしかなくて……。
「悠斗さん。ねえ、いいですか?」
癒子は、浴衣の胸元をはだけた。
「うああああっっ!?」
浴衣の下に、水着を着ていた。
「っっああああ……ああ?」
◯ ◯ ◯ ◯
隣町の市民プール。
宵も深まってきた今、そこは黄昏時を思わせるような淡いライトアップに包まれていた。
「市民プール、ナイター営業はじめたんですって。ナイトプールなのです」
「ああ……そう……」
海パン姿な悠斗と、ワンピース水着姿な癒子。2人はプールサイドをぶらつく。
こんな時間帯なので、昼間に跳ね回っているような幼い声も水音もほとんど無くて。
ちょうど悠斗と癒子のような、2人1組単位の賑やかさがそこかしこでくすぐりあっていて。
「空いてていいですね。お昼と違って家族連れは少ないですし」
「っ……! べつにカップルだけじゃないだろっ、ほらあっちとかじいちゃんばあちゃん歩いてるぞ!」
たしかにカップルばかり目につきがちだが、やはりここは市民プール。レーンで分けられた競技用プールの中をご老人方がウォーキングしているし、夜の水辺を楽しんでいる親子連れだっていないわけではないのだ……。
「……えっと。カップルのことを言おうとしてたんじゃないんですけど、ひょっとして意識してるです?」
「うぐ! べ、べつに意識なんて…………するだろ、フツーに」
「あと、悠斗さんが言ってたおじいちゃんおばあちゃんもカップルだと思いますけど」
「くそう、あの年で手なんか繋ぎやがって……」
彼方の雨蛙の声がBGM代わりで、ムーディーとはいえないものの。ここには様々な愛情が満ち満ちているようだった。
「そんなことより、何して遊ぶんだ? どれでも付いてってやるからおまえが決めてくれ……」
「当ててみてください。楽しみにしてたプールがあるんです」
「うん? またおまえはそういう……」
プールサイドをこのまま散歩しているだけでも涼やかで心地いいが、せいぜい付き合ってやろう。
「わかった、また2人乗りボートのウォータースライダーだろ」
「ぶぶー、です。それもいいですけど、夜は安全上の理由からウォータースライダーはやってないみたいですし」
たしかに、ウォータースライダーはライトアップの一部としてだけ輝いていた。巨大滑り台もアスレチックも。
逆にいえばプールだけが開放されているのだ。レーン付きプール、流れるプール、深いプール、子供用プール……。
「って、プールしか開いてないんじゃん。こういうところは市民プールっていうか」
「選択肢が狭まりましたね。さあ、正解の流れるプールはどこでしょうか」
「いま答え言った?」
浴衣の下に水着を着込んでくる知能犯でも「……あっ」、やっぱりこういうところは癒子で。
「バカだなあ。てか流れるプールっておまえ、中学生の時ならともかく何が楽しいんだか」
「むむむ」
押され気味だった悠斗は、胸を張って持ち直したのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
「……こんなの、流されてるだけじゃん。中学生の時ならワケもなく楽しかったけど、今となったら何が楽しいんだか」
流れるプールにて。浮き輪へ仰向けに乗った悠斗は、星空を見上げていた。
「でも、楽しいですよね? 今も」
「まあ……な」
同じように浮き輪へ乗った癒子と、手を繋ぎながら漂っていた。
悠斗は気づいていた。癒子が、指まで絡めた恋人繋ぎの手ばかり見つめて上機嫌なのを。
「お昼の時だと小さい子がたくさんいたりして、こんなふうにのんびりできないですから。来てよかったです」
「まあ……な」
流れるプール。あるいは流されるプールか。
「ゆりかご効果って知ってますか、悠斗さん。こういうゆっくりとした揺れはリラックス効果が期待できるんです」
「まあ……な」
「上行性網様体賦活系って神経の作用もありますけど、お母さんのお腹の中で感じてた揺れに似てるからなんだとか。……聞いてますか?」
「……聞いてるよ。いつもちゃんと」
癒子が「よかった」、キュッと手を握り直した。
「悠斗さん。……離さないでくださいね」
「いいけど。おまえこそ迷子になるなよな」
悠斗が流されるのは癒子だけ。危なっかしい彼女が流されそうになっても、この手を離すつもりなんて無かった。




