16-3「ウォータースライダー」
市民プールには定められたお昼休憩がある。
プールもアクティビティも閉じられるので、混まないうちに売店エリアで昼ごはんへ移るのがセオリーだ。
「ごちそうさま。じゃあ安藤くんとウォータースライダー並ぶから、お先に」
「ホントなんだって戸高ー、小学生向けのCコースが1番エグいスピード出るんだってー」
休憩終了を告げるラジオ体操の放送が奏でられるなか、要領よくハンバーガーセットを食べ終えた戸高と安藤が出発。
「……………………(指をほぐしている)」
「うん、ほんならこっちも行こか~! アスレチックのてっぺんはウチらのモンや!」
続いて焼きそばとたこ焼きを平らげた黒瀬と金城も、後ろ手を振りながら遠ざかっていって。
「ひいいい……辛いカライからい辛すぎるッッ! おまえが食券買い間違えたからだからな己己己己ぃぃ……!」
「あうあうカララララ……カ、カレーうどんと見間違えちゃって……」
「ゲキカラうどん!」
ゲキカラうどん(カレー味)と格闘していた看谷と己己己己は、完全に出遅れた。
◯ ◯ ◯ ◯
「あー、まだ辛い……。おまえなあ、1本300円のよくわからないお茶まで買ってくるなよ」
「ゲキカラうどん専用まろやかココナッツミルクティーですよ」
「商品名聞いてるんじゃないんだよ」
飲み干した紙コップを捨てて、看谷と己己己己はプールサイドをぶらつく。
「安藤は戸高と、黒瀬は金城と、か。なんか意気投合しちゃってさー珍しい組み合わせだよな」
「……? ……看谷さん、ひょっとして聞いてなかったんですか?」
「なにが?」
「あ。やっぱりなんでもないです」
「なんだよ教えろよ、気になるじゃんか」
「今日のこれって、トリプルデートなんですよ」
何かの技名かと考えた看谷は、数瞬後にやっと理解した。
「……ト? リッッ、はああああ!?」
「戸高さんは安藤さんと、金城さんは黒瀬さんと、私は看谷さんと。たぶん看谷さんが聞いてないだけで、夏休み中にみなさんも距離を縮めてたみたいですよ」
「な、なななななうあうあうあ……!?」
安藤と黒瀬のアホ面が、頭の中で音を立てて崩壊していく。
そして再構築された時には、戸高と金城と遊びに行くあの後ろ姿にとって変わっていた。
「って、私が言ったらどうします?」
「あえ? ……はああ、冗談かよ」
隣の己己己己が一歩距離を詰めてきて、看谷の火照った顔を覗き込んだ。
「安藤も黒瀬も自分からそういうこと言いふらすタイプじゃないし、ちょっと信じちゃったじゃないかよ。……あとオレも巻き込むなよ、べつにおまえといるからってべつにデートじゃないし。べつに」
「ですか。それはそうと看谷さん、今ならまだ空いてるので新しくできたウォータースライダーに行きませんか」
「ああ、ボート乗って滑るほう? いいな」
ウォータースライダーは2ヶ所あった。
ランドマークにもなっているタワー型のものは身一つで滑るタイプで、安藤と戸高が遊びにいったほう。
その一方で今年オープンしたサーキット型のものは、専用のゴムボートに乗って滑るタイプだ。
流線形の1人乗りゴムボートへ乗り込んだ老若男女が、チューブのコースからゴールプールへ射出されていた。
ものすごいスピードと水しぶきであり、着水と同時にボートごと転覆してしまっても誰もがはしゃいでいた。
「己己己己ぃ、けっこうスピード出るみたいだけど気絶とかするなよ? おまえのことだから滑る前に腰抜かすかも」
「大丈夫ですよ。ちょっぴり怖いですけど、怖くなくなりますから」
「あー、まあジェットコースターとかも滑りだしたら怖いよりも楽しいもんな」
長い階段の果てにスタート地点へ着くと、ベルトコンベアで帰ってくるゴムボートたちとともにスタッフが待機していた。
「えっと。2人乗りのボートでお願いします」
看谷は「うあ!?」、己己己己の注文でスタンバイされた2人乗りゴムボートに腰を抜かしかけた。
「ななななんで!? 1人用のボートだけじゃないのか!?」
「1人で滑られない子のために2人用があるんですよ。でも実は誰でも貸してもらえるんです、たとえばカップル用にとか」
「カッ……きゃ、却下! わざわざソレにしなくても1人ずつ滑ればいいじゃん!」
「よいしょ。万が一の事故に備えて看谷さんに見ててほしいので、私が前に座りますね」
「座るな! 乗るな! 聞け!」
看谷はあがいたけども。そのぶんだけスタッフの温かい目に焼かれたし、順番待ちの人々にもたぶんニヤつかれていた。
「っぅぅ……う、うああああい!」
「そんなに怖いんですか看谷さん」
「おまえがな!」
腹をくくって飛び乗った勢いのまま、看谷と己己己己のカップルボートは滑り出した。
「わ、わ。気持ちいいですね、ふふふっ……」
「そりゃよかったなあまったく!」
色とりどりのチューブが日光を透かしていく。風は、水は、肌の中を吹き抜けていくようでたしかに気持ちいい。
だけど。己己己己の無防備な背中を間近に見つめてしまうから、ほっぺたの火照りだけがぜんぜん冷めなかった。
◯ ◯ ◯ ◯
「オモロかったな~! ちゅうわけでほなまた学校でなぁっ、きゃーー!」
「いよいよ夏の終わりを迎えてテンションおかしくなってるね」
「金城さん、写せる宿題は写していいですよ」
女子たちが帰りのバスへ乗り込んでいった一方、看谷たち男子組も自転車で出発した。
「んやー、楽しかった楽しかったー。看谷も己己己己ちゃんとうまくいったかー?」
「……『も』? は……な、なに?」
「……………………(満足げに夕陽を見すえている)」
あの時、「冗談かよ」と笑っていたのは看谷だけだったと今さら気づいても。それ以上は何も聞けなかったのだった。




