14-3「自由研究」
「そろそろ帰らなくていいのか? 己己己己」
「んーと。じゃあ、6時になったら帰ります」
午後5時半。宿題消化の後半戦もそろそろ集中力が続かなくなって「そっか」、看谷は麦茶のピッチャーを取った。
「看谷さん。最後に私、お茶を淹れてもいいですか? 器具は持ってこれなかったのでティーバッグですけど」
「あー、趣味のハーブティーな? いいよ、じゃあ片付けて下行くか」
己己己己はティーバッグが入ったタッパーを取り出しながら「はい」、無表情ニッコリと嬉しそうだった。
2人で一階へ。キッチンダイニング……といえば聞こえはいいが、ただの台所にテーブルと椅子が置かれている。
食器や調理器具の場所を教えてやると、己己己己はテキパキと動き回った。
「看谷さんは座ってていいですよ。必要な物の場所だけ教えてくれれば」
「ん。……おまえってさ、天然危険物だけど皿とかは割らないのはエラいよな」
「だって、私のドジで割っちゃったらお皿だって無念じゃないですか。お墓の場所にも限りがあります」
「埋葬するなよ……ちゃんと燃えないゴミに出せって」
ともあれ、2人分の深紅のハーブティーが無事に並べられた。
「ハイビスカスティーです。勉強の疲れに効きますよ。ストレートだと酸味が強いので、お好みではちみつをどうぞ」
「いただきます…………うわ、目は覚めるけどこりゃたしかにスッパい。お言葉に甘えてはちみつ入れるぞ」
「はい、私もそっちのほうが……」
「うまっ……! 己己己己、うまいぞこれ!」
「……ふふ。はい、私も好きです」
薬剤師の勉強になるかもと始めたらハマったらしいが、趣味と実益を兼ねているという彼女の自負は正しいようだ。
(……安藤や黒瀬を呼んだら帰るまで部屋にいるだけだけど、今日はキッチンでハーブティーなんか飲んでる。なんだこれ)
静かだ。両親ともに出かけている家の空気感なんて今まで気にも留めていなかったのに、2人きりの静けさを実感する。
(こういうのが男子と女子の違いなのかな? ……いやわかんないけど、こいつ以外の女子が来たってこうはならないか)
男子と女子の違い、なんて一括りにはできない気がした。……してはいけない気がした。
「ところで看谷さん、自由研究はどんな感じですか?」
「じっっ、自由研究!? いや……順調だぞ、ぜんぜん」
「……? あ、ひょっとして忘れてたです?」
「そんなことないって。己己己己こそどうなんだよ」
「私は順調ですよ? 『看谷さんカルテ 特別編』」
「教室の後ろに貼るんだぞ!?」
「冗談です、本当は看谷さんじゃなくて私のカルテですから。仮に『M』という日とそうじゃない日の健康状態を測定してて、今日は『M』の日なんですけど何のことかわかりますか?」
「……さ、さあ。発表されるまで考えとくから言わなくていいぞ」
看谷が視線を逸らすと「あ……」、冷蔵庫に貼られたふせんが目に入った。
冷蔵室を開けて、中から取っ手付きの紙箱を出す。
「己己己己……わるい、母さんがケーキ買ってくれてた。夏風邪のお見舞いに来てくれたお礼だってさ」
「あらら。お茶のおかわり淹れましょうか」
「さすがにこれ以上は晩ごはんがキツいって。オレはいいから帰って食べてくれ。……えっと、この前はどうもな」
己己己己は「いえ」、またニッコリしていた。
◯ ◯ ◯ ◯
もう6時なのに、長い夏日の町並みは照るように明るかった。夕陽がだんだんと眩さを増していく。
「夏休みって楽しいですね。学校とおんなじくらい楽しいです」
看谷家の門扉の前で、ケーキの箱を提げた己己己己はまたまたニッコリしていた。
「学校とおんなじくらい? おまえってやっぱ変だな」
「看谷さんは楽しくないですか? 学校」
「ん? まあ楽しいんじゃないかな、勉強以外は。でも夏休みほどじゃないだろ」
「たしかに、今日は学校よりも楽しかったですね」
看谷は「またそういう」、夕陽の熱に目を細めながらポツリとごちた。
「じゃあ。帰りますね、看谷さん」
「うん。これでちゃんとお見舞いの借りは返したからな」
だから、己己己己と会う約束はとりあえずこれで精算完了。彼女のことだからまた、思いつきや偶然や天然で何かしらの『きっかけ』を持ってくるだろう。
「……はい。バイバイです」
……けれども、なぜだろう。
己己己己が背中を向けて歩きだした時、ニッコリしていたはずの無表情が夕陽の眩さよりも目に残って……。
「……っ。な、なあ己己己己!」
看谷が1歩踏み出すと、彼女はきょとんと振り向いた。
「あのさ……オレたちの町って、神社がけっこうあるから夏祭りも多いだろ? だからオレ、自由研究は夏祭りの特徴とか違いを調べてるんだ。それならほら、ついでに遊べていいなーなんて……ご、ごほん」
勢いに乗せて紡いでいった言葉がやっぱり詰まった……けども、胸に力を込めて。
「だからさ……おまえも夏祭り行くなら、ひょっとしたら……また会うのかもな。……それだけなんだけど」
……看谷には耐えがたい静けさの後。きょとんと顔のままの己己己己が、小さな唇をやっと動かすのだ。
「……何時にします?」
「べっ、べつに待ち合わせするとかじゃないから! ……7時ぐらいに行ってると思うけど」
「東駅近くの神社です?」
「そう、次の月曜日の」
貸し借りはとりあえずもう無いはずなのに。『貰いすぎた』何かが胸の中にあるようで。
だから看谷は、返しかたすらわからなくても己己己己に差し出したかったのだ。何かもわからないのに言葉に変えて。
「……はいっ。また会いましょう」
己己己己がまた背中を向けて歩きだしたのを見て「ケーキ!」、楽しげに腕を振っていく後ろ姿が心配だった。
(まったく。バカだなオレ、バカやらかすきっかけを自分からあいつにやるなんて……)
それでも。呆れて笑った看谷は、学校と同じくらいには楽しんでいるのだった。




