2-1「英語」
「次の英訳。己己己己ー」
「はい」
看谷 悠斗がチラ見した隣で、己己己己 癒子は英語の教科書を手に立ち上がった。
「『I……がゃみゅっ」
噛んだ。舌も。
「~~~~~~~~~~~~!?」「己己己己ぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
口元を押さえて悶絶した己己己己にツラれて、己己己己も立ち上がった。
「己己己己ぃ……先生も無理させてまで当てたくはないんだがな、おまえたちみんなを平等に教育する立場として公平性ってものがあるんだよ、ごめんな。というわけで看谷ー、保健室なりお手洗いなり連れてってやれ」
「オレばっか押しつけられるのは不公平ですよね!?」
◯ ◯ ◯ ◯
「本当に噛みきってませんか……? よく見てください、あーーん」
「いや噛みきってたら死んでるって……や、やめろって閉じろって」
指2本だって入らなさそうにちっちゃな口が、舌先をしぶしぶ引っ込めた。
保健室から戻ってきて休み時間、2人はまだ消される前の板書を必死に書き写していた。
「英語の発音は難しいですね」
「その笑い話ができる土俵にも立ててないけどな。……ったく、おまえの将来の夢って医療関係への就職だろ? それこそ舌噛みそうな用語だって多そうなのに、さっきみたいに介抱してもらってる間に患者が死にそうだな、はは……」
己己己己がシャーペンを置き、机の天板をことさら大きく響かせた。
「うっ? あ、いや悪かったよ己己己己、今のは良くない冗談だった……」
「『?)@~_-?~@,_)!^:%_/!~%~%^:!)*#_/;-)@……」
看谷は「!?」、驚愕した。
己己己己がとんでもなく流暢に、看谷もまったく聞き取れないネイティブ加減に何か話しはじめたからだ。
「)@^_-!)*#*~%#?/_/?バウムクーヘン.#_#%/-:);,?/@)@#:^」
「うん? ストップ」
「はい?」
耳馴染みのある単語を拾って、気づいた。
「……おい。それ、英語じゃなくてドイツ語か?」
癒子はゆっくりと振り向き、無表情のまま口元だけをニコッと吊り上げた。
「知ってますか看谷さん。うんと昔のドイツ医学から発展した日本のカルテは、ドイツ語で書かれてるのです」
「……今も?」
「……。…………今は……日本語、か、英語がほとんどですけど」
「知る前に猛勉強したんだな」
「あと、医療関係のお仕事は目標であって夢ではないです。夢はお嫁さんです、よろしくお願いします」
「き、聞いてないって」