11-3「夏休み」
「みんなが知らないだけで、先生たちは夏休み中のトラブルをたくさん知っています。一夏の冒険はほどほどにね」
有住先生は書類をトンと揃えて「またね」、教室に張りつめた静寂の中を退場していって。
後ろ手にドアが閉められた、直後、教室中から歓声が上がった。……待ちに待った夏休みにはしゃぐ勝鬨だった。
「安藤ー、黒瀬ー! とりあえず今週末の打ち合わせ!」
と。席を飛び出していった看谷へ、己己己己は声をかけるヒマもなかった。
(今週末は土日のどっちかでカラオケ、来週は電車で電気街へ。あとはこの前3人で行けなかったゲームセンターの埋め合わせと、いけたらフットサルとボウリングと、そういえば中学生でも遊べるサバゲー会場探しは看谷さん忘れてないでしょうか)
なんて、見聞きした看谷の予定はぜんぶ覚えている己己己己である。ビビられるので有効打になる時以外は言わないが。
(……夏休み。もう来ちゃいました)
それは胸の奥から響くワクワクにはちがいなかった、けども……胸のリボンタイを整えているうちに吐息がこぼれた。
「己己己己ちゃん~、ほんならお昼食べ終わったらボウリング場集合なぁ」
「花井さんも来られるってさ。新島さんはやっぱりカレシ連れてきそうだったから女子会だよって釘刺しといた」
「あ、はい。オッケーです」
◯ ◯ ◯ ◯
「夏休みだー! さっさと宿題終わらせて遊ぶぞ!」
帰り道の小路で。己己己己と帰りながら看谷が体を伸ばせば、置き勉教科書で膨れた通学カバンもはりきって揺れた。
「看谷さんは、最終日まで溜め込んで泣いちゃうタイプじゃないんですね」
「ふふん、オレはやるべきことは最初に終わらせる人間なんだよ。そういう己己己己は?」
「はい、私も…………んー、うーん?」
入道雲を見上げた己己己己に対して、看谷は首を傾げた。即答するくらいの感じだったのに何か思い直したようだ。
「『やるべきこと』はわかってるのに、『やりたいこと』の気持ちが強すぎて進まないタイプ。でしょうか」
「なんだよ、おまえこそ夏休みダメにするタイプじゃん」
「そうかもです。あ、でも……私の『やるべきこと』って『やりたいこと』でもあるんですよね」
「うん? ……? 宿題がやりたいことなの?」
医療関係の仕事に就くのが目標らしいし、宿題という名の勉学に励むこと自体が未来に繋がるという話だろうか。
「毎日はたいへんですけど、1日おきならどうなのでしょう。それとも3日に1回? 1週間に1回とかだと、ぜんぶで10回くらいしかできないので物足りない気がします」
「……? …………? 宿題終わらせるのに何回に分けるかって話? 週1はまあたしかに余裕無いんじゃないかな」
己己己己はよそ見していたから歩みがズレていて、「ですよねあうっ」と電柱に肩をぶつけた。
「お、おいよくわからないけどしっかりしろよ。夏休みで浮かれてるのか?」
「どうでしょう。夏バテで熱に浮かされてるのかもです」
「冗談に聞こえないんだって、おまえの場合」
無表情ニッコリ。己己己己は分かれ道の狭間で足を止めて、看谷は家路のほうへと歩みを進める。
「マジでそうなら帰ってよく休めよな。夏風邪スタートなんて最悪の夏休みだぞ。じゃ、また……」
「看谷さん、せっかくなのでもう少し歩きませんか?」
看谷が「はあっ?」と振り向いた時には。己己己己は彼女の家路へ分かれず、看谷の家路へ付いてきていた。
「なにがせっかくなんだよっ? 体調悪いなら早く帰れって」
「だって今日で学校終わりですし。カラダのことも気のせいでした」
「……なにひとつわかんないぞ。いいけど、オレんちまではダメだからな」
2人の『下校』を続行すれば、己己己己はいつもと変わらずに横髪を揺らした。
「どうして、家はダメなんです?」
「だ、っ、だってなんか恥ずかしいじゃん! ……女子に、『コレがオレんち』って見せんのって。見られるのって」
「私ならべつにかまわないですよ」
「オレはかまうの! 男子は!」
「べつに、看谷さんと分かれてからこっそりついていけばいつでも……」
「もう帰れよおまえぇ!」
「ふふ。まだイヤです」
男子友達を家に呼んだ時なんかは何も思わないが、己己己己は……女子である。
同じ中学生で、同じクラスメイトで、たぶん友達といっていい……そういう意味では男子友達とも同じはずなのに。
やっぱり、『同じ』ところを見つけた分だけ『違う』のだ。
「ったくもうっ、やっぱ夏休みで浮かれてるだけじゃないのか!? マジで家はダメだって!」
この先もきっとこんなふうに。彼女を見つけて、彼女に見つけられてしまうだろうから。
「明日でも明後日でも、やりたいことがあんならメッセしてくればいいから!」
……そして己己己己が「えっ?」、看谷を見つめて止まった。
いつもの小路を抜けて、家と田畑ばかりの住宅地が高い青空の下に広がっていた。
「ん? なんだよその顔、変なことは言ってないだろ? ……だ、だろ?」
「メッセしても……いいんですか? 夏休みなのに」
「夏休みなのにってなんだよ。モールでも容赦なくしてきただろ。あれくらい急にバカなこと言ってくるんだろうなって、オレのほうはもうとっくに覚悟してるんだけど?」
「……そうなんですか。…………いいんだ……よかったんだ」
看谷はまばたきを繰り返した。
己己己己の無表情なニッコリが、目元から口元からほころびそうになっていたから。
楽しそうに嬉しそうに、それでも何かこらえるみたいに不器用に引き結んでいたから。
「看谷さん。やっぱり私、今日はこのへんで帰りますね」
看谷がよく確かめる前に。彼女の不器用な笑顔は、クルリと踊った後ろ髪と後ろ姿に隠された。
「なんだよ、やっぱりわかんないヤツだな。うん、帰れ帰れ」
「はい。ありがとうございます看谷さん。……もっと強くならないと、ですね」
「うんーよくわからないけどガンバれー最弱保健委員。じゃあ今度こそ、またな」
ホッとして歩きだした看谷の耳に、ローファーの小走りの響きがけっこう長く届いていたのだった。
(夏休み、もう来ちゃったか。あいつに巻き込まれてるとなんか学校もあっという間だな)
ワクワクだけが、いま、胸の奥から響いていた。




