EX1-3「間取り」
スーパーで買い物も済ませたところで。
悠斗と癒子は、他の大学生たちが乗り込んでいく駅をスルーして住宅地へ。
大学にギリギリ『近い』といえる場所に、学生マンションがあった。
しかし2人が上がっていったのは、その隣の普通の賃貸マンションだった。
「それじゃあ悠斗さん、また」
「ん。また」
買い物袋の重さに負けかけながらフラフラと廊下の向こうへ行った癒子を見送り、悠斗は自分の部屋へ帰宅した。
「あーしまった、バイト用の水筒……今日こそは買い換えるぞって思ってたのに」
電灯を点けると、ダイニングキッチンに置いていた6年来の水筒を見てげんなり。
まあそれはそれとしてダイニングを横切ると、隣接する洋室の引き戸を開けた。
2部屋ある洋室のうちの、片方を。
「ただいまです」
「って早いな癒子」
悠斗が自室の座椅子に一息つくより早く、癒子が帰ってきた。
「カリンさんに借りてたお醤油、返しに行ってただけなので。ひふ、ひふ、買い物袋重かったです」
「それならオレに袋渡して醤油だけ持ってけばよかっただろ……。ほら貸してくれ、冷蔵庫入れるよ」
「ありがとです」
癒子は買い物袋を悠斗に渡したが、その一番上に乗っていたのし紙付きの紙箱を抜き取った。
「あとこれ、水筒もらっちゃいました。何かの記念品らしいんですけど1回も使ってないとかで」
「……ありがと。いや、うん、わざわざ買い換えなくて正解だったなホント」
癒子はニッコリすると、2部屋ある洋室のうちの片方……悠斗と対になった自室へ荷物を下ろしにいったのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
壁1枚隔てたそれぞれの自室で、思い思いのリラックスを1時間ほど。
悠斗は座椅子に伸びながらゲームをしたりケータイをいじったり。
引き戸はだいたい開けっ放しなので悠斗は知っていた、癒子もベッドに寝っ転がってドラマの録画を観ていることを。
夕食の時刻になると、どちらからともなく声をかけあってダイニングキッチンへ集合した。
「約束どおり、悠斗さんはお鍋の準備係ですね。調理は私がするので、食材の下ごしらえと食器の用意をお願いします」
「……それっていつもどおりじゃないのか?」
「約束を守ってくれてるっていう気持ちが大事なのです」
そうして豆乳ベースの漢方薬膳鍋ができあがって、ダイニングテーブルに着席。
「「いただきます」」
さすがにダイニングにまでテレビを置く金銭的余裕は無かったので、癒子の自室のテレビを遠くに眺めながら食べる。
「「ごちそうさまでした」」
鍋のような料理だと1人前の案配が難しいが、少食な癒子に対してまだまだ食べ盛りの悠斗ががんばったので無事完食。
面倒くさがらずにその場で後片付けと食器洗いを済ませた。
さて。いつもならこれでまた、お風呂の時間までの自由時間へと解散するところだが。
今日は2人とも銀行の封筒を持ってくると、テーブルに座り直して紙幣を出しあった。
「今月もおつかれさまでした」
「おつかれ。いやーなんだかんだでうまくいってるよな、このルームシェアのおかげで生活費がかなり浮いてるよ」
出しあった金額をノートにつけて、食費や光熱費など予算を立てて。特に『仕送り』の残金には感謝を込めて赤マル。
余ったお金も変に混ぜたり積み立てたりせず、それぞれへきっちり返還する仕組みにしていた。
「悠斗さん。このルームシェアって同棲ですか?」
電卓を叩いていた癒子が急に言ったので「うあ!?」、ノートへの筆記を担っていた悠斗はボールペンを落とした。
「急になんだよ!? おまえが間取り間違えて1人で2DKなんて借りたから、し、しかたなくルームシェアしてるんだろ!」
「じゃあ同棲じゃないんです?」
悠斗がボールペンを拾おうとした手に、癒子の細指が重なった。
「私たち、お付き合いしてるのに?」
……悠斗が拾おうとしていたはずのボールペンが、いつの間にか彼女の手から渡されていた。
「そ……それとこれとはべつだから。いっしょにいたいから……っていうのもあるけどさ、大学通うためにいるんだから」
ボールペン越しに彼女の手に触れる。指先だけだが握る……繋ぐ。
「それもそうですね。学生の本分は勉強です、イチャイチャするだけならともかく爛れた生活につける薬はありません」
「イチャッ……爛れっ……っておまえが言い出したのに急になんだよ!」
手を繋いだまま癒子が座り直したから、悠斗もそれに合わせるしかなかった。
「私が不健康のもとにはなりたくないんです。間取りの件も含めて、悠斗さんの生活を変えちゃったわけですから」
「……それは今に始まったことじゃないけどな」
「保健委員としてこれからもがんばりますので、どうぞよろしくです」
「それもいつまで言うんだよ。もう大学生だぞ」
やっと鼓動が落ち着いてきて、悠斗は癒子から手を戻す。今度は追いかけられることはなかった。
「いつまででしょう? いつまでもかもしれないですし、保健委員よりもっとステキな私になれたら言わなくなるかもです」
「……? それって、まさか医者とか?」
「ふふ。そういうことじゃないですよ」
癒子は、何かを待つような調子で膝に手を置いていた。
「保健委員だからって言い訳しなくても、悠斗さんのそばにいられる私になれたら。です」
彼女は左手だけを机の縁にかけて、あの細指をふよふよと揺らすのだ。
「保健委員よりも。恋人よりも。もっと、ステキな私になれたら」
悠斗は気づいてしまった。
手を繋ごうと追いかけてはこなかったけども、その代わりに彼女はきっと待っていたのだと。
悠斗のほうから、癒子のその左手をすくい上げるのを。
「っっ。オレたちは学生なんだからっ、今は目の前の勉強とかバイトに集中……!」
「はい。目の前のルームシェアに集中します」
今すぐにではなくても。近くて遠い、いつか先で。




