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EX1-1「名前」

「看谷さん」

 看谷 悠斗は揺り起こされた。

 頬杖が崩れかけて「ふがっ」、ビクッと目を覚ませば階段教室の喧騒がそこにあった。

 教授は教壇から下りていくところだし、名前も知らない他の生徒たちもリュックなどを手に退室しつつある。

「あ、間違えました。看谷さん、じゃなくて……悠斗さん」

「そのネタいつまでやるんだよ」

「どうでしょう? 気に入ってるので」

 そして悠斗の隣には、己己己己 癒子がまだ着席していた。

(中学の時からぜんぜん変わってないなこいつ。背ぇ伸びただけ)

 強いて挙げるなら横髪の束ねかたを変えたのと、よくよく見ないとわからないが薄化粧をするようになったくらいか。

(……いや、まあ、背ぇ伸びたから……ちょっとは大人っぽくなった、とは思うけどさ。それだけだぞ、それだけ)

「悠斗さんもぜんぜん変わってないですよ。赤くなってるだけです」

「赤いのは照明のせい!」

「あ、でも背が伸びて男の子らしくなったっていうか。たくましくなりましたよね、大胸筋のこことか……」

「触んな触んなって! ~~~~っ、帰るぞ己己己己!」

「イヤです」

 立ち上がった悠斗が「ん!?」とよろめいたのに対して、己己己己は慎ましくも不動。

「悠斗さん。変わるチャンスですよ」

「……むぐ。大学ではべつにいいだろ、今までだってこうしてきたんだし」

「使い分けるほうがめんどくさくないですか?」

「だから今までどおりでいいじゃんって」

「私がイヤです。こんなことで悠斗さんの心が揺れ動くなんて健康に差し障りますから」

「べ、べつに揺れてもないし動いてもないし。てか強いて言うならおまえのそういうのが胸にキュッとくるんだが」

「胸キュン?」

「そういうの!」

「いいじゃないですか、1文字変えるだけですし文字数も少なくなってお得です」

「だからそのネタいつまでやるんだよ」

「気に入ってるので。悠斗さん。……悠斗さん?」

 己己己己は見上げる。悠斗は見下ろす。交わした眼差しだけが同じものだった。

「わ、わかったよ」

 悠斗は、他の生徒がもうほとんどいないのもあって観念するのだ。

 長椅子に座り直す。彼女に向き直る。

「……帰るぞ。己己己己、じゃなくて……癒子」

「はい。悠斗さん」

 口元だけで無表情にニッコリしていた己己己己は……癒子は、なんにも気構えずに笑ったのだった。

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