5-1「教科書忘れ」
「あれ!? 1限目って音楽だったっけ!? 体育じゃなくて!?」
「……………………(時間割ボードを指差している)」
「明後日の音楽と入れ替わった? うわマジかー、昨日のホームルームの時ボーッとしてた……」
「ヘコんでるヒマあったら教科書借りに行ったほうがいいんじゃないー? おつかれサマー」
安藤と黒瀬が正しい。体操服入れを教室の後ろの棚に突っ込んだ看谷 悠斗は、朝のホームルームが始まるまでの残り少ない時間で動きだした。
「看谷さん。今日は合唱ですし、教科書無くてもサイアク大丈夫じゃないでしょうか」
「なんでついてきてるんだよ! ついてこなくていいって己己己己!」
「安心してもらおうと思って。焦りは体に毒です」
廊下に出て左右の他クラスを見回していると、いつの間にか己己己己 癒子がそばにいた。
「ダメだ! そりゃ知ってる曲だから歌えるのは歌えるけどさっ、1人だけ手ブラで歌ってる状況そのもがハズい!」
「それなら……」
「いいって大丈夫! こっちには和田と長谷川がいて堀川はあっちだったよな、山本とは最近遊んでないけどまあ……」
こういう緊急事態の時、クラスをまたいだ知人の数が生存確率となる。看谷は他の教室たちへ潜っていった……。
◯ ◯ ◯ ◯
「全滅かよッ!」
数分後、看谷は自分の教室の前に戻ってきた。
「考えることはみんな同じ、か。もう貸しちゃってるとか、置き勉してないとか」
「ザンネンでしたね」
言われたとおり、ついてはこなかった己己己己がドアの裏から顔を覗かせた。
実質的にもう時間切れ。クラスメイトはちらほらと着席しているし、他の教室にも担任の先生方が入室しつつある。
「ちなみに、私の友だちに聞いてみることもできましたね。もう遅いですけど」
「ぐ。い、いや女子に借りるのってホラ……なんか、なんか気まずいじゃん」
「気恥ずかしい」
「言い直さなくていい!」
と。己己己己が後ろ手に隠していたモノが、彼女の口元まで掲げられた。
もちろん、音楽の教科書である。
「女子に借りるのは気まずい、了解です。それじゃあ……」
「……言わなくていい」
そう、言うべきことがあるのは看谷のほうなのだから。
◯ ◯ ◯ ◯
そうして音楽室にて。
クラス全員で3段に並んで、透明感のあるJ-POPを合唱する。
「……くそう」「~~~~♪♪」
看谷は、隣の己己己己が差し出した教科書を2人でシェアしながら歌うのだった。




