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最弱保健委員の己己己己さん  作者: 古丹那 リタ
第4話(5月4週目)
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4-3「爪切り」

 休み時間。美術室の、グループで座る大きな机に頬杖を付いて。

(……ゲームとかでよく使う指だけ、爪が伸びるのが早い気がする。この現象に名前はあったりするんだろーか)

 伸びた爪の感触を指の腹で味わっていた看谷は、いかにもボーーッとしていた。

 爪を、噛む。

「ダメです」「だむぇじっ」

 隣の己己己己にほっぺたを突かれて、変な声が出た。

 ……移動教室に早く来すぎてしまった2人の声が、他には誰もいない室内によく響いた。

「な、なにするんだよ!?」

「爪を噛むのはよくないです看谷さん。咬爪症といって、医学的にも名前がついてる悪いクセの1種なのです」

「……じゃあ、よく使う指の爪だけ伸びるのが早いやつの名前は?」

「それは知らないですけど……あっ、ひょっとしてはぐらかそうとしてますね」

 看谷は「べつにいいじゃん」、爪を噛みちぎるのはとりあえずやめてそっぽを向いた。

「他より伸びてるのあると気になるんだよ……。コリッと噛みちぎれた時とか気持ちいいぞ」

「ほらクセになってます。ギザギザ爪、深爪、ささくれ……爪の状態が悪くなりますし、指先の細菌も食べちゃいますよ」

 保健委員己己己己は、言いながら小物入れから爪切りを取り出していた。

「はいどうぞ。洗ってますし、切った爪も捨ててますから」

「いやいいって。爪切りって丸く切りにくいじゃ3ん、ヤスリかけたりしてめんどくさいし」

「そんなことはないですよ。わかりました、じゃあ試しに私が切ってあげます」

「うあっ、まっっ、またおまえはそういう!」

 直感した時には、看谷の手は己己己己にすくい上げられていた。

「いいって! 小さい子じゃないんだぞ!」

「しっ、動かないでください。指まで切っちゃいます」

 もがいたのは一瞬だけ。強く掴まれているわけでもないのに、看谷は息遣いをも静めてしまった。

「……ハァ……ハ、ァ……ハ、ッハ、ッ、ハッ、ハッ、ハッ」

「うん? 己己己己? 己己己己ぃ?」

 ……爪切りを超スローに近づけながら息を荒げていたのは、むしろ己己己己のほうだったのだから。

「ハァッハァッハァッ、ハヒッ、ハァハァハァハァハァハァハァハァァァァ……!」

「いやいやいや怖い怖い怖い己己己己ストップいったん止まれェ!」

 青ざめた己己己己の目から光が消えかけていたので、看谷は震えた。その震えが彼女をハッとさせた。

「ごめんなさい。ヒトの爪を切るなんてはじめてなので、ホントに指まで切ったらどうしようって思っちゃって」

「よくそれで切ってあげようなんて言ったなあ!?」

「だから『試しに』って言ったじゃないですか。看谷さんは健康的な爪切りなんてどうでもいいみたいでしたし」

「実験台にされてもいいとは言ってないから!」

「じゃあ、私に爪切りはされてもいいってことですね。こんなこともあろうかと安全電動爪切りも持ってます」

「おまえぇ!」

 己己己己の無表情が口元だけニッコリしていた。

「改めまして。お手を拝借」

「ぐ。ま、まあ指切られるよりはいいからな……もう勝手にしろよ」

 サインペンのような形の電動爪切りはベージュ色の柔らかなデザインで、なんというか、女性の『美容アイテム』なのだと一目でわかるものだった。

 スイッチを入れると、コインの投入口に似た部分の奥で金属のヤスリが回転しはじめて。そこに爪を添えることで、『切る』というより『整える』仕組みらしかった。

 チョリ。チョリチョリッ。

「お、おお?」

「まあるく、まあるく。バランスよく」

 指先に固めの振動。1回なぞられただけでは何も変わって見えないくらいなのに、何往復かするともう整っている。

(へえ、こんなのあるんだな。……なんか、いいな)

 家で父や母が使っている毛玉取りや眉毛カッターを見て、好奇心がくすぐられる感覚に似ていたかもしれない。

 ……自分の爪が整えられていく音色より、自分の指がつままれている熱に気づいたのはずいぶん後のことだ。

 集中しきった様子の己己己己が、自分の椅子からほとんどはみ出しながら看谷の指先を見つめていた。

「っ~……! なっ、なあ己己己己っ、オレもそれ使ってみていいかっ? 見ててだいぶわかってきたから……!」

「……? いいですよ、はいどうぞ」

 指から離れてくれた指。手渡された電動爪切りにはほんのりと熱が残っていたが、とりあえず看谷は解放感にホッとした。

「っていっても、看谷さんの爪切りはもう全部終わりましたけど」

 看谷が「あ?」と見下ろした手元に、離れてくれたはずの細指たちが差し出された。

「じゃあ、はいどうぞ。私の指を貸してあげます」

「うあ!? や、やるわけないだろ!」

 正確には『できるわけない』だが。

「どうしてです? 自信満々に興奮してたのに」

「コウフンなんかしてないし! そうっ、自分の指ならともかくケガさせたら後味悪いから!」

「ですから、安心安全の電動爪切りですよコレ」

 「ぐっ」と硬直した看谷の手のひらに、指たちがちょちょんと乗った。

 その時、美術室の扉がおもいっきり引かれた。

「よっしゃ1番乗りやぁ! ……ってなんやぁ、ウチら以上のヒマ人が2人もおるやん~」

「やっほー、己己己己さん看谷くん。1時間目から美術なんてインスピレーション働かないよねえ、ふぁ~あ」

「おはようございます、金城さん戸高さん」

 看谷が「おう……」とぎこちない手振りで挨拶した時には、己己己己の指たちはもう乗っていなかった。

 友だち二人からは見えないように……看谷にだけ見えるように、口元で『ヒミツ』のジェスチャーを作っていたのだから。

「……もうちょっとだけ、爪、伸ばしておきますから。楽しみにしてますね」

(しなくていいぃぃ……!)

 看谷が机の下に隠した電動爪切りが、スルリとつままれていったのだった。

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