第一話 プロローグ
清く美しく生きる道は、きっとあったのだろう。
ただ世界の綺麗な部分だけを眺めて、誰も傷つかない選択だけを続ける生き方だってできたはずだ。
それでも私は剣をとった。大切なものを守るために。
例え誰に恐れられようとも、その大切なものすら抱きしめることができないほどにこの手が血塗られようとも、だから構わなかった。
彼女の生きる世界が、清く美しくあればいい。
それだけが私の願いだった。
和ノ花国〈ワノハナコク〉歴、568年。
長く冷戦状態が続いていた隣国・大華国〈タイカコク〉と友好条約を結んだ和ノ花国は、十数年ぶりの交易による好景気で国中が華やいでいた。勿論交易の性として、不穏な輩も物品も闇夜を行き交ってはいたが、抑圧されていた人々があげる歓喜の声はそれらを覆い隠して余りあるほどに強大だった。
陽は濃く、闇はより深く。
時代が移り変わるその最中に、二人の王女は産まれた。
王妃によく似た美しい双子の姫達は、競いあうように産声をあげるほど元気な赤子だった。
しかし和ノ花国では、双子は不吉なものとされていた。双子は周囲の災いごとを二倍にし、幸福を分裂させるという。それゆえに双子が産まれた際は1人を生かし、1人を葬るというのが古くからの慣しだった。
王女であってもそれは例外でなく、むしろ王族だからこそ厳格に慣習に従い、生後間も無く〈選定の儀〉が執り行われることとなった。
〈選定の儀〉とは、赤子のそばに一輪の花と一本の剣を置き、其々の赤子がどちらを選ぶか見定めるものだ。不思議なことに、必ず花に触れる赤子と剣に触れる赤子に分かれるという。
そうして王女の1人は花をとり、もう1人は剣をとった。
「和」を重んじる和ノ花国では、花を選ぶものこそが尊ばれる。逆に争いを嫌うことから、剣を選んだものこそ災いの根源とされる。つまり剣をとったものが、葬られることとなる。
この儀ののち、和ノ花国中に御子誕生の報が回った。
名は「菜由〈ナユ〉」。
王妃に似た美しい姫らしいと、国中がさらに湧き上がった。
そうして剣を手にした王女は、その身に名前すら与えられることなく、歴史の闇へと消えていった。