表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塀の彼岸  作者: 炉瓶
11/11

あの子たちの世界

「こっちへ」

()()は軽く顎をしゃくると、先ほどの扉から少し右斜め後ろに行ったところに建つ天幕へと入っていった。

「ここが僕の寝ぐら。そこの茣蓙(ござ)に座って。」

「ありがとう。」

中を覗いてみると、思ったより天井の布が低い。

(彼は今でも長身な方なのに、これからもっと背が伸びたらどうするんだろうな。)

かく言う澄史も、特別長身というわけではないが小柄でもない。頭が当たらないよう、腰をかがめてそろりそろりと中へ入った。

 中は、ひとニ人入れるかというほどの大きさで、無造作に茣蓙が敷かれている他には何もない。天幕を支える木の棒に発光茸が吊るしてあり、蝋燭のような弱い光で周りをぼんやりと照らしている。

「名前は何て言うんだっけ。」

茣蓙の奥に腰掛けた夜鵜が澄史を見て尋ねた。

「澄史。」

「澄史か。わかった。僕、正直驚いたんだけど、アニシチェに友達なんていたんだね。」

「あぁ、まぁ…。特別親しいというほどでもないんだけど…。そういえば、アニシチェとはどうやって知り合ったの?お互いよく知っているようだったけど。」

「半年前くらいに、ここで病気が流行ったんだ。」

病気、と聞いて澄史は思わずぴくりとした。

「そんな大きな病じゃない。風邪の延長みたいなものだったんだけど、ここは換気が良くないでしょ?それに人の密度も高いし。で、すぐ広まっちゃって。何人も小さい子が死んだよ。十分に栄養とって寝てれば治るって話は街で聞いたけど、僕たちに食べ物なんてたっぷりあるわけないじゃん。清潔な場所で暮らせているわけでもないしさ。」

夜鵜は言葉を切って(うつむ)いた。

「本当に困ってたんだ。普通の医者は金を取るから、病気にかかった全員を診てもらうわけにはいかなくて。そもそも、胡散臭いって思われてる運び屋を診にくる物好きな医者なんて、金を出したっていないし。で、どうしようってなってる間に小さい子たちの半分弱が死んだんだ。残った子たちも辛うじて生きてるって感じで。僕たちみたいに年上の子たちも罹り始めた。それで、もうどうしようもないなって時に、噂を聞きつけたアニシチェがやって来て、僕たちを治してくれたんだ。見返りもなーんもなしにね。」

夜鵜は膝の上に両腕を乗せ、何気なく目を上げた。

「ほんっと、驚いたなぁ、あの時は。見返りなしに何かする奴なんて普通はいないでしょ?だから絶対何か裏があると思ってたんだ。誰かが連れてかれて売られるとか。でも、たとえ裏があったとしてもさ、助けてくれるような人はアニシチェしかいなかったんだ。だから病気に罹ってない僕たちはみんな腹を括ってあの人を頼ることにした。そしたらなんだ、ふっつうにみんなを治して、それで、よかったね、はいさよなら、ってさ。」

夜鵜は肩を揺らしてくっくっと笑った。

「ほんっと、変な奴だよ、あの人。でも、あの人がいなかったら僕たちみんな終わってた。だからみんなアニシチェのことを信頼しているし、返しても返しきれないくらい恩があるんだよ。僕たちを診てくれた後も、様子を見にちょくちょく来てくれたし。その度に干し肉とか新しい茣蓙とか持ってきてくれるんだ。小さい子たちとも遊んでくれるし。だからアニシチェのことを、親か年の離れた兄貴みたいに思ってる子たちは多いんだよ。僕も含めて、だけど。」

夜鵜はそこまで言うと澄史に向かってにっと笑った。その笑みから、彼が本当にアニシチェを慕っていることが伝わってくる。

「みんなアニシチェと仲が良いんだね。」

「もちろん。」

「じゃあさ、彼の素顔、見たことある?」

「あの布の下ってこと?ははっ、ないない。やっぱり澄史も気になるんだ。でも絶対見してくれないよ。小さい子によく『その布とってー』って言われてたけど、なんか、取ったら病気が治せなくなるからだめなんだって。」

「ふうん…。」

と、天幕の外から足音が聞こえてきた。

「よっ、()()、それからアニシチェのお友達さん。」

姿を現したのは、先ほど石の扉の番をしていた二人だった。

「交代したの?」

「ああ、今日は俺たちの番は終わり。だから噂の『お友達』ってのがどんな人か見に来た。」

そう言って少年はにやりと笑った。

(とう)(だい)君と、(れい)()さんだったかな?初めまして。澄史といいます。」

「え、もう覚えてくれたの?すごいな。」

(れい)()が感心して眉を揚げた。彼女は、濃い茶色の長い髪を頭の高いところで束ねた利発そうな少女だった。年は夜鵜と同じく十四、五くらいだろうか。細く尖った顎と、はっきりした顔立ちから意志の強さが感じられた。実際には小柄だが、姿勢が良いせいか背が高く見える。隣の少年も鈴薇と同い年か、一、二歳年下くらいだろう。黄土色の髪に浅黒い肌、切れ長の目。変声の最中なのか、声が少しかすれているが、その明るい話し方からいかにも少年らしい快活さが感じられる。

「外でチビたちがあんたのことすげー話してたぞ。興味津々って感じで。迂闊に外でると取り囲まれるから気をつけな。」

「今にここまで覗きにくるよ。ま、話しかけられたら適当に相手してやって。」

(れい)()は呆れたように軽く頭を振った。

「なあ、こんなとこまでわざわざ何しに来たんだ?運んでほしいもんでもあんのか?」

歯に衣着せぬ桃大の物言いに澄史は苦笑しながら答えた。

「いや、そうではないんだ。ちょっと調べていることがあってね。今日はみんななら何か知っていないかと思って訊きに来たんだ。」

アニシチェが(らい)()と話しているあいだ、自分は自分で聞き込みをすればいいのだと思い至った澄史は、彼らに病について尋ねてみることにした。

「最近、()間部(かんぶ)白海部(はっかいぶ)のどこかで奇妙な病が流行っていると聞いてね。これに罹ると、それまでピンピンしていた人が突然倒れて、起き上がれなくなるんだ。段々食べることもできなくなって衰弱して、死に至る。こんな病の話を聞いたことはあるかな?」

「なんだそれ。こえー病だな。俺は知らないけど。」

「あたしも聞いたことないね。」

「僕も…。」

「そうか…。」

少しがっかりした澄史だったが、夜鵜の表情が曇ったのに気が付いた。

「あぁ、でも心配しなくて大丈夫だよ。アニシチェなら治せるから。実際、この病に罹った人を治したこともあるしね。」

アニシチェの名前を聞くと、夜鵜は少し安心した顔になった。

「そっか。さすがアニシチェだね。ならよかった。」

すると、鈴薇が眉間に皺をよせて夜鵜の手を取った。

「夜鵜。今はもうアニシチェがいてくれてんだから、前みたいにチビたちがばたばた死んだりすることはない。大丈夫だから。」

「そうだぜ。何も心配することなんてないさ。仕事のおかげで物乞いしているときより食べ物はあるし、雨風防げる居場所もあるし、一緒に暮らす仲間もいる。あとなんか心配事があるとしたら、仕事のときにヘマしないことだろ。」

夜鵜はそうだね、と弱々しく微笑んだ。

(仕事って、運び屋の仕事のことだよな。)

澄史はふと、今朝アニシチェに言われた言葉を思い出した。


『あなたのその目で、あの子たちがどのように生きているのか見てみるといい。』


澄史は思い切って尋ねた。

「あのさ…運び屋って、どんな仕事なの?」

訊かれた三人とも、驚いたように目を見開く。

「え、知らないの?」

「いや、知ってはいるけど…。その、なんで運び屋になったのかとか、(ふみ)とか以外にはその…どういうのを運んでいるのかとか…詳しくは知らないから。」

「なんで運び屋になったか、か…。物乞いよりちょっとはマシな生活が送れるからじゃないか?」

あとの二人もうんうんと頷いた。

「そりゃ、物乞いでなんとか生きてく奴らもいてるよ。ひでぇ有様だけど。でも、運びをやれば、やった分だけの金がもらえる。それがあれば、空きっ腹抱えて道端で伸びちまうなんてことないだろ。それに、(らい)()の仲間になればここに住めるから、寝てる間に人買いに捕まっちまう心配も、酔っぱらったおっさんに犬みたいに蹴り回される心配も、冬に凍え死ぬ心配もしなくていい。何より、ここに入ればひとりじゃなくなる。一緒にしょうもないこと話して、笑って、たまにケンカとかしてくれる奴らがいるんだ。そういうのが全部、もの運ぶだけで手に入るんだぜ。そんなの、運ぶものが何だって良すぎる取引じゃないか。」

「それに、この仕事はあたしらにうってつけなんだよ。『子どもは重罰に処さない』とかいうこの国の掟のおかげで、密輸品運んでるとこ捕まったって、ちょっとお役人に怒られたらすぐ放してもらえるんだから。これ以外で私らみたいな身寄りのない子どもができる仕事って、ひどいもんだよ。毎日毎日、大人たちに物みたいに好き勝手されてさ。…もう絶対戻りたくない。」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ