現実逃避
「……」
再び俺の部屋には沈黙が落ちた。
紗那は、でっかい碧い目を見開いて硬直している。
俺は……、とりあえず床に胡座をかく。
「……」
紗那がまだ固まっているので、痛かった後頭部を擦ってみる。
なんでか、擦ってるとキズが治りやすい気がするからだ。
黙然と頭を擦る俺と、茫然自失している紗那を、妙に愉しげに見比べていたヤツは、唐突に鳴いた。
「きゅー?」
「うわ、鳴いた?!」
「きゅ〜」
尻尾を振り振り、両手足を一生懸命使いながらベッドの端に寄ってくる。
って、落ちるのか?
落ちかけたら拾うのは俺か?!
慌てて身を乗り出した瞬間。
シャラシャラ〜
よくわからん曲が流れはじめた。
「っ、父さま?」
硬直していた紗那が、ようやく我に返り携帯を取り出す。
蒼いアレは、音に驚いたように身動きを止めていた。
「え、うん。今きーちゃんの家」
「きーちゃん言うな」
思わず突っ込む。
いい年した男に、きーちゃん呼ばわりするな。
何度も何度も繰り返し、漸く諦めさせたつもりだったが。
「変わんないじゃん、きーちゃんも貴生も」
「変わんだよ」
いつもの突っ込みを終えると、紗那は電話に戻る。
諦めないヤツだ、全く。
困惑した顔をして電話を切った紗那を待って、俺は口を開く。
……アレのことは一時棚上げだ。棚上げさせてくれ。
「お前、珍しい恰好に戻ってるな」
「え? あ、そうね。慌てたから」
金髪を一房取り、紗那はため息をついた。
「黒く染め直さなくても、髪染めてるヤツらいるだろ。もういいんじゃね?」
紗那の地毛自体が、濃い金色。
で、目が碧い。
だが紗那の両親は、ともに黒い髪に黒い瞳。
問題にになりそうだか、
「あー、義父さんの色だなぁ」
「瞳は母様ね」
と、紗那の両親は普通に笑っていた。
駆け落ちしただけあって、未だにコチラの夫婦も仲が良い。
良いことだ。
なのに紗那は、髪を黒く染めカラーコンタクトで瞳も黒くした。
小学校に入ってからは、自宅にいる時にしか元に戻さない徹底ぶりだ。