古き誓い
「行ってきます」
小さな声とともに、玄関の扉が閉まる音を聞きながら桜花は額に手をやる。
「桜花ちゃん?」
貴流が顔を出したが、表情は手の奥に隠れて見えない。
「貴流さん……」
震える呼びかけに、貴流は妻の元に足を運ぶ。
「どうした?」
優しく肩を抱くと、桜花は夫に凭れかかる。
「貴生君の……」
息子の名前に、貴流は桜花が震える理由を察する。
「もう16歳を迎える、ね。
……私たちが生涯をともにすること、そうして子どもを持つことを決めた時、一緒に誓った。
覚えているかい?」
背中をさすり、穏やかに話しながら桜花をリビングのソファに導いた貴流は、静かに尋ねる。
「私は、いつでも君とともにいる。
一緒に罪を背負う。
そう、誓っただろう?」
夫の優しい言葉に、桜花は一筋の涙を流す。
「誰もが反対した、私たちの婚姻。子どもを生むこと。
桜花ちゃん、君は後悔しているかい?」
慌てて首を振る妻の頭を撫で、貴流は微笑む。
「私たちの子どもだ。
立ち向かって行ってしまうだろう、どんな事にも」
眉を寄せたまま、悲しい表情を浮かべた桜花の顎をくいっと引いて貴流は目を合わせた。
「まあ私たちのどちらに似たのか。
超現実主義な子だけどね?」
私たちの子どもなのにねぇ、と軽い口調で呟く貴流に、桜花も笑ってしまう。
「今や世界にたった一人しかいない、魔術師の貴方の息子なのに」
「世界を守護する、3本柱の一人、ゲートキーパーの君の息子なのに」
「「どうしてあんなに、現実主義なんだろうね?」」
わざと声を揃えて、顔を見合わせてくすくす笑う。
特に桜花は、芋蔓式に思い出した過去に、笑いが止まらない。
「桜花ちゃん」
ふと真面目な声色に戻った夫を、桜花が見上げると、こつんと額をぶつけられた。
「貴生の封印が解けはじめているのは、私も気づいている。
だがね、もうこれ以上の封印を加えると、貴生の力は暴走してしまうだろう。
できるだけ、力を身体に馴染ませながら封じていたけれど、さすが私たちの息子だよ。
普通の能力者に施す数十倍の強さの封印なんだけどね」
小さくため息をつき、貴流は目を閉じた。
「16の年とともに。
封印は解除される。
桜花ちゃん。
覚悟を」
はっきりと告げられたリミットに、桜花も瞳を閉じる。
「はい」
返事とともに、桜花は強い決意の色を混ぜた瞳を開く。
「気高く生き抜ける運命を」
「私たちの息子に」
新たな命が宿った時の誓いを。
二人はもう一度世界に誓った。




