星空の下で 2
カチリ、と携帯を折り畳み、安堵のため息をつく。
「気付いて良かった……」
ビルの影の中に立っていた暁は、頭を後ろの壁に預けた。
黒い人影を見えるギリギリの距離で追っていた暁だか、ふと、進路方向に知った気配があることに気付いた。
家とは全然違う住宅街だったので、そのまま追うつもりだったが。
紗那の哀しそうな表情が目の裏に浮かび、思いとどまった。
そう、気配はキオのもの。
他に異質な気配はしないが、紗那は勿論、聞く所のキオの両親だとて、気配を日常的に消しているだろう。
暁や、例え蒼貴にだって簡単には読めない程のレベルだと考えられる。
キオの家からの距離を考え、キオ一人、この時間にふらふらと住宅街は歩かないと判断する。
基本的に、キオは暇さえあれば家に引きこもって、ハッキングやプログラミングに精を出している。
今日の帰りのやり取りから、今は両親もいるだろう。
紗那は、所謂「同士」だ。
異質な自分たち、その孤独を無意識に救ってくれるキオに依存してしまっている、という。
自分自身のことは仕方が無いが、相手なら救ってやりたいと思う、貴重な友。
僕の特殊性がキオの両親にバレるのを、紗那はとても恐れている。
「一番助けられない相手」だから、だそうだ。
「……確認するか」
紗那の願いは、聞ける時だけは聞いてやることにしている。
紗那も僕に対して、そう考えているのを知っている。
追われる者同士として、またキオに依存している者同士として。
紗那とは互いに信頼するパートナーだから。
躊躇ったが、一旦ビルの影に降り追跡を止め、携帯を取り出す。
「悪いな」
少し鳴らした後で出たキオの声に、切り離していた「普通の日常」を感じる。
思わず心が安らぎそうになり、自戒する。
「紗那か。
今通り過ぎた奴はいるか?」
前置きなしに、電話口の紗那に聞く。
キオが傍にいるのだ。
簡潔に、分かりにくいように、知っている者だけに通じる言葉で、聞く。
「私達の高校ね」
直ぐに質問の意図を読んで、紗那が答えてくれる。
「やはり、か」
向かう方角から考えて、この時間に確実に人がいない場所。
広大な広さを持つ場所は、自分達の高校ぐらいだ。
暁が立ち止まってから方向転換していないようだ。
「そちらに向かうのはマズイか?」
「ええ」
「……両親がいるか?」
「両方のが」
「通り過ぎた奴、追えるか?」
「もうしてるわ」
「……お前のじゃないだろうよ」
簡潔に答えていた紗那は、小さくため息をついたようだ。
「後で電話くれ」
「分かったわ」
了承を得たので、暁は帰ることにする。
「キオに礼を言っておいてくれ」
「ふふ」
笑った後、一瞬の沈黙を挟んで、キオの声が流れてきた。
……、まったく。
紗那も粋な事をする。
ふっと笑い通話を切った暁は、ネオンの奥で輝く星を見上げた。
探索で探っていた術を己の身体に戻す。
戻した刹那、誰かの探索の術が、学校とこちらへ伸びて来ていたのに気付き、慌てて飛び退く。
蜘蛛の糸より細く気配のないソレに、気付いた自分を自画自賛する。
普通に気付かない。
意識を他の何事にも囚われていなければ、例えば歩く、ということをしているだけでも気付けない。
そんな繊細かつ高度な術に、暁はぞっとした。
もし普通の生活をしていたら……!
ゆっくりと伸びてくる術を見据え、暁もゆっくりとその場を徒歩で抜け出す。
可能な限り気配を押さえながら。
充分離れてからタクシーを捕まえ乗り込み、漸く冷や汗を拭う。
緊張で乾いた唇を舐めて、ぐったりと深く座る。
「確かに、僕より化け物級だ」
あの術は、多分キオの親だろう。
「……近寄らなくて、良かった、な」
暁は大きくため息をつき、自宅で紗那の連絡があるまで、じっと息を殺す事にした。
結局紗那が連絡をくれたのは、夜明け頃。
「……、まだ貴生の両親とうちの両親、飲み会中よ」
「……。今、朝の4時だが」
ぐったりした紗那の声に、遅いとは言えなかった。
彼らの親の実力だろう術に触れた暁は、電話さえ用心する紗那の態度に賛成だからだ。
「まだ貴生は、引きずり込まれたままよ」
「……、そうか。
蒼貴は?」
携帯を持ち直し窓辺に寄り掛かった暁は、明るくなり始める夜明けを眺めた。
「外に出るには、結界に触れないといけないから。
どうしようか悩んでらっしゃったわ。変な気配がしたから、確認したかったと」
「ふ、ん」
「あら? ちょっと待って」
ごそごそ、という音がした後、スピーカーから『言葉』が聞こえてきた。
『深刻な話し合い中済まぬな。
主殿のことだ。
どうやら主殿は、我が言葉は聞こえずとも、意図を汲み取れるようだ。
加えてどうやら、力を封印されているようだ。しかし、その封印も強すぎる主殿の力を受けて綻びかけている。
主殿の漏れている力を追っている者の可能性もあるのではないか?
言い忘れておったが、我は生まれ変わる前の記憶を保っておってな。
主殿の力の煌きは、そうない故に、追われやすいぞ』
「……、了解」
「否定できないわね……」
微かな紗那の声を拾った携帯を見下ろし、暁は空を仰ぐ。
「そういえば、紗那」
「何?」
ふと思い出したのだ。
「どうやらキオは、蒼貴を『実験』で生まれたモノだと思っているようだ」
「はぁ?」
「まあSFで良くあるアレだ。
だが、どうして現実的に可能だと知ったのかは、疑問だが」
「……キオってば」
共通の和む話題で気力を奮い立たせ、元の話題に戻る。
「今日、早めに登校して様子を見てくる」
「それは、私が行った方が良いんじゃあない? 今回は、私のじゃないでしょ」
「まあな。
だが、その家、抜け出せるのか?」
キオからも聞く地獄具合から、紗那だけは抜け出せないだろう。
大人のくせに、ものすごく始末が悪い。いや悪い所ではないエピソードをキオと紗那に聞かされた事があるのだ。
「……、ごめん、やっぱり無理」
即座に提案を撤回した紗那に、苦笑をもらす。
「そちらの誰かが、影に「探索」を伸ばしていたからな。
無茶はしないさ」
「……仕方が無いわね。気をつけて」
「ああ」
『自愛せよ』
大人しく聞いていたあろう蒼貴の言葉を最後に、通話が切れた。
明け始める空に、暁は目を細める。
「……、同族、か」
初めて出会った同族だ。
気配に馴染みはない。元々竜族は、スタンドアローンな種族だ。
だが。
「いつか、話をするのも、悪くないかも、な」
竜らしくもなく思う自分は、キオに毒されているな、と心地よく思えた。
「さて、と」
行くか、と立ち上がった暁は。
一瞬で部屋から姿を消した。
後には、開いた窓から涼しい風が舞い込む無人の部屋が残るだけだった。
どうも暁ターンな2話目です。
今年中には、とりあえずもう2章くらいは終わらせる事を目標にします!
ポイントを入れて下さる方々、ホントに拝みました。参拝で。
ありがとうございます!
今後も宜しくお願い致します。
※修正、追加いたしました。
砂月拝