電話
サラダの準備を終え、待望のステーキ肉をレンジ解凍しようとして、ふと悩む。
「父さんの分、いるかな?」
母さんが滅多に帰ってこないため、家事は俺の役割だ。
そのための給料という名の小遣いを貰っているから不服はない。
しかし忙しい父さんの分をあらかじめ作ると、帰ってこれない日があるため無駄になってしまう。
「きゅぷ〜」
しゃくしゃく、と食べる音が消え、満足そうな声が聞こえた。
どうやら果物系を食べるらしいヤツ。
……どうするよ、コイツ。
飼う? 飼えるのか?
「きゅ?」
俺の視線に気付き、小首を傾げたヤツは、皿から移動しようとする。
「待て。待て待て。ベタベタなまま動くな!」
梨の果汁まみれになっているヤツの首根っこを掴み、蛇口下に持って行き思いっきり水で流す。
「ぎゅぷぷ!」
よくわからない鳴き声をあげるが無視。
他の部位を掴もうにも、小さ過ぎて難しいのだから。
「きゅぶ、きゅぶ」
水を止め、適当に揺さぶって水気を切る。
「手拭きでいいか?」
「くぢ!ぎゅ?」
くしゃみをしてしまった。
まずかったかな?
まあとりあえず手拭き手拭き。
ピルピルピル!
先程自分で使い、どこかに置いてしまった手拭きを探していると、携帯の着信音が響いた。
暁用の電話着信だ。
濡れた手だか仕方がない。
ヤツを手放すのも躊躇われる。
突然動き回られると捕まえるのも困難だ。
何せ小さい。手のひらサイズなので、隙間に入られると捕まえるのも一苦労だろう。
「今忙しいんだけど」
一応エプロンで軽く手を拭いてから出た。
「……お楽しみ中か?」
これでもか、と言わんばかりのドスがきいた声が電話口から流れてきた。
「きさま…覚えと、ぎゃぁ!」
という悲鳴と共に。
「……お前、ついさっき、俺を巻き込んでケンカしてなかったか?」
「知らん。帰路で金出せ、と絡まれただけだ」
そう、別にひ弱には見えないのだが、何故か暁はよくカツアゲにあう。
ちょっとデカめで、ヒョロいだけなのだが。
「あそ。で、何だ?
今俺は飯作り中なんだが」
口を開こうとしたヤツの顔面を掴みなおす。
「……何かあったか?」
「は?」
唐突な問いに、首を傾げる。
さっきの戦いで、何かあったか?
いや、最後のついでに暁を殴ったが。
いつものコミュニケーションの範囲内だ。
思いっきり手加減もしたし。
「何かって何だよ?」
「…心当たりがないならいい」
俺と紗那だけに見せる重厚で端的な話し方。しかし奥から聞こえる悲鳴で、何をしながら息も切らさず電話してんだか、とため息をこれ見よがしについてやる。
「〜゛〜゛!」
手元でにょろにょろ動くヤツを押さえつつ、見つけた手拭きで水気を拭い。
ふと暁なら知っているかも知れない、と思った。
「そういえば暁」
「なんだ」
「お前、ゲームやるっけ?」
「じいちゃんがやるから、付き合ってやるが……?」
いぶかしげな声を出しつつ、答える暁に光明を見た気分になる。
「なあ、じゃあ竜とか出るやつは?」
「……ドラゴンとかか?」
「そう、それ! ソイツの生態が知りたいんだよ」
拭き終わったヤツの口を掴みつつ、空になった皿を水に浸ける。
困惑に満ちた沈黙がおり、暁は歩き出したようだ。
「……何のために知りたいのかによるが。
ゲームだと、まず東洋か西洋か。善か悪か。RPGかアクションか、でかなり違うが」
並べられた分類の違いが半分以上解らない。
「あ? うん?」
返答で理解していないことがわかったのだろう。
「wikiで調べた方が、キオなら早いだろう。
PC変換だと、りゅう、は二つ漢字がある。
あとドラゴンでも調べてみろ」
すらすらと言われ、慌ててメモ帳を探す。
気が疎かになった瞬間、ヤツから手を離してしまった。
「きゅきゅ〜!」
抗議するように翼をはためかせて鳴くヤツの口を急いで閉じる。
「さ、サンキュー! じゃ、調べてみるわ!」
質問の意図を折角聞かれ無かったのに!
慌てて喋った俺に、暁は再び沈黙した。
今度はどうやら立ち止まったようだ。
「……紗那は来たか?」
長い沈黙を漸く破ったかと思うと、全く脈絡のない質問をされた。
「はぁ? さっき来てすぐ帰ったけど?」
「そうか。……わからなかったら聞け。うちに着いた。じゃあな」
何かを納得したような相づちと共に、さっさと電話を切られた。
……何の用だったのだろう?
つか、飯作りが進まねぇ……。