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つないだ手から。




 無事学期末試験をクリアし、私は最終学年へ上がれることが決まった。


 新学期まで二週間ほど休みがある。その間に私はマーカス教授に付き添われ学費を納入し、所かまわず泣いた。

 ありがたくてありがたくて、もう足を向けて寝られない。


「なんでもします、いっぱい働きます!」

「ふふ……頼もしいね。期待しているけど、焦らずに」


 頭をぽんぽんとやさしく叩かれて、また涙がにじむ。

 人の情けのあたたかさがホント身に染みた……。




 その翌日、試験後に領地へ帰っていたコーディから手紙が届いた。

 正式な婚約破棄の通達だ。実家にも送ったらしい。


『貴家のますますのご発展をお祈り申し上げます』など、事務的に書かれていて、深く長いため息が次から次へと零れ落ちる。


「それなりに仲良かったと思ったのになぁ」


 裏庭でぼんやり空を見ながらつぶやく。

 休み期間中なので授業はなし。朝からマーカス教授の研究室でご奉公しようと寮を出たが、足が重い。


 コーディは私の事情を聞き、心配してくれた。表情や言葉には心底の同情が籠っていたし、応援すると言う言葉も嘘はないだろう


 でもそうじゃないだろう!って言いたい気持ち。


 家同士の話し合いで、婚約して、三年。

 同じ学園で顔を合わせ、多少の愛情は持ってもらえていたと思っていたのにあのあっさり加減。


 結婚できなくなるのは残念だとか手紙に書いてあるけど、そんなことカケラも思ってないからあの場ですぐ解消できるんじゃない!


 私は草の上で膝を抱え込んだ。

 コーディと婚約してから、彼が恥ずかしくないようにと身なりを気遣い、人付き合いをしてきた。

 さわやかで人気の彼が婚約者でうれしかった。


 まだ学生だから清い交際をしていたけど、学園を卒業したら……とか、子供は何人なんて話もしていた。


 子爵家同士なので結婚式は大がかりなものはなく、準備するのはウエディングドレスくらい。

 それも先祖代々お下がりだったりする、つつましやかな小さなお披露目パーティをして、新婚生活がスタートする予定だったのに……。


「コーディにとって、私はちっぽけな存在だったんだ」


 つぶやいた声はか細く、湿っている。

 続く恨み言を飲み込み、私は握りしめていたコーディからの手紙を小鳥に変えて空へ飛ばした。

 雲一つない青空の中、白い小鳥をくるりと旋回させて遊ぶ。


 もう一度手元に戻し、次はフェニックスの姿を模してまた飛ばす。

 高く高く見えなくなるまで上昇させて、火をつけた。


 赤い鳥はぱらぱらとくすんだ灰になって落下し、風に飛ばされて視界から消える。


「いい魔法だね」


 笑みを含んだ静かな声に振り返ればクリフォードが立っていた。


「ガルシア先輩の魔法に比べたら子供だましです」

「でも君のお茶と同じでていねいな魔法だった」

「ていねいな魔法?」

「うん。君の魔法は軌跡がきれいだ」

「軌跡?」


 そんな言い方初めて聞いた。

 一応褒められているようなので首を傾げながら礼を言う。


「学期末テストはどうだった?」

「ギリギリ、クリアしました」

「ギリギリ?」

「実技がちょっと……」


 私の魔力量は問題ないが出力が不器用だと告白する。


「今は自然に使っていたのに?」

「ああいう簡単な魔法なら慣れているから。テストで行う大がかりな術式にうまく力が籠められないんです」

「それも慣れの問題かもね」


 二人の間に一瞬沈黙が下りる。

 おそらく同じことを思ったのだろう。

 練習で魔力を使いすぎると、枯渇してしまうかもしれない、と。


「パウエル君、手を出して」


 ふいに言われ、素直に右手を伸ばせば、大きな手に掴まれた。


「う~ん、魔力量は十分だ。枯渇の気配もない。むしろ……」

「むしろ?」

「俺と同じタイプだな。無尽蔵」

「無尽蔵」


 思わず同じ言葉を繰り返してしまう。


「そう。しかも……ふむ、一定量以上は溢れないようコントロールされているな。これも無意識か」


 クリフォードが顔を上げた。


「どうした、頬が赤いぞ」

「いえ、あの手を、離してください」

「あぁ、すまない」


 私の言葉を聞いているのかいないのか、クリフォードはなかなか手を離してくれない。


「確認だが、入学時に魔力テストはしたよな」

「教授たちの目の前で受けるやつですよね。しました」

「その場にマーカス教授はいた?」

「いました」


 入学式を終えた新入生は学園長、教授連、魔法省の省長やお役人たちが見ている前で魔法を一つ披露する。

 自分の気持ちを表した花を一輪出せばいいだけなんだけど、入学早々いきなり緊張した思い出。


「見ていたからマーカス教授は君を助けたんだな」

「え?」

「君の魔力は面白い。研究したい」


 間近にクリフォードの顔が迫る。


「あの、ガルシア先輩」

「クリフォードでいい」


 子爵家の私が伯爵家の彼を呼び捨てになんてできない。

 そう言おうと口を開いた瞬間、再び手をぎゅっと握られた。


「痛いことや苦痛を与えることはしない。君の負担にならないよう配慮するから、俺の研究を手伝ってくれないか?」

「研究?」

「俺は魔力枯渇の要因を探している。俺たちのように無尽蔵な魔力の持ち主は少ないから、研究対象としてそばにいてほしい」

「はぁ」

「できれば専任で長期間」

「長期間とは……」

「一生かな」


 にこりときれいに微笑まれて私はさらに赤くなった。


「ちょ、ガルシア先輩、あの言葉が不穏です!」

「え、そう?」

「はい! 聞きようによっては誤解されます!」


 真っ赤になった私が叫ぶと、クリフォードは不思議そうに首を傾げ、しばらくしてからうっすらと頬を染める。


「あぁ、確かに女性に失礼な物言いだったな」

「そうですっ。今みたいな言い方は恋人や婚約者だけにしてくださいっ」


 握られた手をさっとほどいて、私は頬を覆う。

 めちゃくちゃあっつい。


「びっくりした……」


 手でパタパタ顔を扇ぐ私を見て、クリフォードが笑う。

 焦る私を見てバカにするとかそういう感じはしないけど、きまり悪くて上目遣いでにらんでみた。


「なんですか?」

「うん、いや……ちょっと予感がしただけだ」

「予感?」

「今の言葉を、ほかの女性に言うことはないだろうなぁ」

「え?」


 クリフォードは目を細めて私に笑む。

 コーディのさわやかな笑みとは違う。優し気なのになぜか猟師にロックオンされた獲物のような気分になった。


「まぁ、詳しい話はそのうち。まずはマーカス教授の研究室へ行こうか」

「そうだった! 朝一番のお茶をお待たせしてた!」

「近道をしよう。つかまって」

「え、うぇ! きゃぁ!」


 体を引き寄せられ浮遊した、と理解したとたん、私はマーカス教授の研究室の窓の前にいた。


「と、飛ぶなら先に言ってください!」

「うん、次は努力する。おはようございます、教授」

「おはよう、できればドアから入ってくるように」


 室内で本を読んでいたマーカス教授があきれたように窓を大きく開けてくれた。


「階段を上るのが面倒で」

「普通は魔法を使う方が面倒なんだがな。リディア、おはよう」

「お、はようございます……」


 床にそっと降ろされながら朝の挨拶をする。

 心臓はいろんな意味でドキドキ。


「お茶、淹れますね」

「うん、頼むよ」

「リディア、俺のも」


 クリフォードが自然に私の名を呼ぶ。

 その声に私を見る瞳に、昨日まではなかった甘さが含まれていて、ドキドキがまったくおさまらなかった。

 



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