浄化の魔法陣。
講堂に到着すると、入口前に生徒たちが続々集まり始めている。
「一体何かしら」
「コンテストの授賞式なんじゃない?」
「それは明日の予定だったろう」
ざわざわとしている生徒たちの中に友人の姿を見つけ、私は無意識にほっと息を吐く。
「キャロル! マリー!」
「リディア! 早かったのね」
「研究棟まで行ってたら、戻ってくるのにもう少し時間が掛かると思ってたのよ」
「途中でコラスさんに足止めされて、中庭にいたのよ」
「あの留学生と知り合いだったの?」
「ううん」
不思議そうな二人にどう説明しようかと口を開くが、学園長と教授たちがやってきたので「後で話すわ」と口を噤む。
「さて、諸君。呼び立てに応じてくれて感謝する」
学園長は生徒たちの顔を見回してゆっくり話し始めた。
「急遽集まってもらった理由を説明したい。今回のコンテスト結果に疑問があると複数の人から意見書が提出された」
一瞬の間をおいて、学園長の言葉が生徒たちに理解される。
「投票に異議が……」
「しかも複数って、誰だろう」
「あの感じだと複数というか、けっこうな数が提出されたんじゃないか?」
私たちの隣にいたグループは「よし、ちゃんと聞き入れられたわ」と頷きあっている。
本人たちはひそひそと声を潜めているつもりで、でも同じような会話がそこかしこから聞こえてきた。
結果、長くざわめきが続く。
それが落ち着くのを見計らい、学園長は再び口を開いた。
「そのため、もう一度投票をする。諸君にはこちらが用意した小石を作品前に置いた投票箱に入れてほしい」
「小石は一つですか?」
「三つだ」
「そこは最初の投票と同じなんですね」
「前回の投票から、気が変わってしまった場合は?」
「そこの判断は……」
学園長が目に厳格さをたたえ、私たち一人ひとりを見つめていく。
「君たちに委ねたい。我々は君たちの聡明さを信じている。ただし……」
学園長は開かれた講堂の入口の床を指さした。
「講堂内へはこの魔法陣を踏んで入ってほしい」
床には魔法陣が書かれた紙が敷かれている。サイズは大人二人分ほど。
「これは……なんの魔法陣ですか?」
「浄化だ」
「浄化?」
五、六年生は授業で習う魔法陣だ。それでもこんな大きなものは見たことない。
下級生は一部の呪文は読めても、どのような効果のある魔法陣か見当がつかないようで、そこかしこで首を傾げている。
その様子が小動物のようでかわいい。同じことを思ったのか、学園長も少し表情をゆるめた。
「クリアスポットと言えば分かるかな」
「クリアスポット……」
「なんらかの要因で思考が影響を受けていた場合、それがクリアになる魔法陣だ」
体に害はないよと続けた学園長に、フランセットが一歩踏み込んだ。
「待ってください。結果はもう決まったはずですわ」
「そうだね。だがコンテストの詳細に書いてあるだろう。結果に不満や異議があれば申し立てできると」
「それは……」
フランセットの表情を見るとちょっと焦っているので、たぶん詳細はよく読んでないんだろ。
学園長はそれを分かったうえで、ていねいに言葉を続ける。
「申し立てを受け、必要であれば再投票をすること。それに再投票の際はクリアスポットに乗るのが必須。これはどこの国の魔法学園でも同じ文言がある。もちろん、知っているだろう? コラスくん」
口元だけ笑み、視線はまっすぐにフランセットへ向ける学園長に彼女は何も言えなくなった。
「他に再投票に異議のある者は?」
学園長は生徒たちに問い、誰も何も言わないのを見て、大きく頷いた。
「では再投票を始めよう。まず一年生から順番に。作品提出者はすべての生徒が終わったあとだ」
教授や事務員たちから小石を受け取り、緊張気味に講堂へ入っていく下級生たちを見送る。
私たちは辺りが暗くなった頃にやっと順番が回ってきた。
魔法陣を踏み中に入ると、そこは昨日のまま。ただし連日の熱気はなく、展示された作品が眠るように佇んでいる。
再投票ということは、何かしら疑惑の芽があったのだろう。
だけど作品たちは静かにそこにあり、私たちを待っているように見えた。
投票し、私は箱庭の蓋を開ける。
すぐに月と夜空が木箱の上に現れた。
「リディア?」
「きれい……」
押し寄せて引く波の音。淡い月光。
それに照らされるキャロル、マリー。フレッド、デレク。
「なんかさぁ、自分たちで言うのもなんだけど」
フレッドが投影された夜空を見つめ、満足そうに微笑んだ。
「コンテストとか投票とかどうでもよくなるな、これを見てると」
「わかる。なんだか癒される」
「小さなこととか、こだわらなくていいかって思う」
フレッドのつぶやきにデレクが同意し、私たちも頷いた。
講堂を出る際、フランセットのドールが目に入る。まだ誰の魔力にも染まっていない白いドレスのドール。
その顔が寄る辺なく、さみしそうな海鳥のように見えた。




