あっという間。
「なかなかヘヴィーな状況だな」
私の話を聞き終え、二人はう~んと唸る。
「何か手だてはないかな」
「学資援助という制度を作るよう学園側に提案してみては?」
「あ、いえ、大丈夫です。……もう、覚悟は出来ました」
話を聞いてもらって、気持ちは大分落ち着いた。
どう考えても今、私に出来るのは働くことしかない。
旅費を稼いで領地に帰るか、それとも割のいい仕事を見つけて、少しでも領地に仕送りするかの二択だ。
「じゃあ、君は学園をやめる気かい?」
「そうですね、旅費はともかく、学費はとても稼ぎ出せないので……」
「働き口にあてはあるのか?」
クリフォードに問われ、首を横に振る。
「ありませんが、町を歩いて探します」
「住むところだって必要だろう」
「はい。でもなんとかします」
現実的な問題を指摘されて、また絶望しそうだ。不安と恐怖を押し込めて心配そうな二人に笑顔を向ければ、より痛々しそうな顔をされた。
やさしい人たちだ。
今までお二人とは個人的に話したことはなかったけど、最後にお茶を出来て良かった。
「話を聞いてくださってありがとうございました。学園を出たらもうお会いすることもありませんが、お元気で」
お茶を飲み終えた私は、立ち上がり頭を下げる。
すると隣に座っていたクリフォードが私の手を掴んだ。
「いや、ちょっと待て」
「パウエル君、結論は急がない」
「でも」
「君さえ良ければ私が仕事を紹介しよう」
マーカス教授はおだやかな笑みを浮かべ、私に座るよう言う。クリフォードも同意し、私の手を強めに引いた。
その勢いで私はまたストンとソファに戻る。
「パウエル君が仕事を引き受けてくれたら、私が一年分の学費を貸す」
「え?」
「返済期間は無期限。出世払いでいい」
「え? え?」
突然の申し出に私はきょとんとマーカス教授を見返した。
「それは、私に出来る仕事でしょうか……?」
「難しい仕事ではない。私の小間使いだ」
「小間使い?」
「時間が空いてる時にこの研究室で雑用などをしてくれたら助かる。以前はクリフが手伝ってくれてたんだが、卒業してしまったので手が足りないんだ」
「やりたいです!」
尊敬するマーカス教授の研究室に入れるなんて!
食い付き気味に答えた私にマーカス教授はにこりと子供のような笑みを浮かべた。
「よかった。主な仕事は書類整理や私の話し相手だよ」
「なんでもやります! よろしくお願いします!」
「教授、金銭が絡むならばきちんと契約書を」
「もちろんだ。クリフ」
マーカス教授が目配せすれば、クリフォードが重厚なデスクに置かれた紙とペンを私たちの間に魔法で引き寄せた。
慣れた仕草で手に取ったマーカス教授はさらさらとペンを走らせる。
「学費の貸与。返済無期限……と」
「教授、返済開始時期を彼女の卒業後に設定してください」
「ナイスアイディアだ、クリフ。あとは?」
「返済方法や額も都度定めない。ついでに無利子で」
「了解」
「あ、あのっ」
紙をきれいな文字で埋めていくマーカス教授に私は戸惑う。
「今の条件、私に都合良すぎませんか?」
「そうかい?」
「そうです。マーカス教授に見返りもないのに、ここまでしていただくなんて……」
学費一年分なんて大金に対して、過分な好条件。
小間使いという労働力に見合ってなさすぎる。
「そんなことないよ。君はいつも私の授業を熱心に聞いてくれるじゃないか」
「マーカス教授の授業はとても楽しいのでっ!」
「ありがとう。君のレポートも面白かったよ」
「私のレポート?」
「そう。去年学内コンテストに提出した『筆記具の進化による呪符への影響と効果の違い』 あれは着眼点がよかったね」
「ありがとう……ございます」
褒められてうれしさと戸惑いを覚える。
「私は君の未来に賭けよう」
「私の、未来?」
「君の勉学への志を折るのが惜しいと、私は思ったんだ。だからこれは先輩学者としての先行投資」
教授は『ボブ・マーカスの研究室で働く。期間は卒業まで』と紙に書き足した。
クリフォードはさらに保証人として自分の名を入れることを提案する。
「『もしリディア・パウエルに不利益があればボブ・マーカスの代わりにクリフォード・ガルシアが契約を履行する』これで完璧です」
「うん、じゃあ各自サインを。原本は私が保管する」
あっという間に契約書が出来上がり、私は流されるようにサインを入れた。
現実感はまるでなかった。