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週末の逢瀬。




 さて今日は土曜日。

 休日なので授業はなく、マーカス教授の小間使いもなく。


 五年生まで、休日は読書をして過ごしていた。あ、たまに元婚約者のコーディとお茶したりした。

 けれど六年生になってから私の生活は一変している。


 土日のどちらか、または両日とも魔法学園の卒業生、クリフォード・ガルシア先輩と一緒に過ごすようになった。


 過ごすと言っても会う場所は図書館か書店か、今日みたいにカフェでお茶しながら持ち寄った本を読むかなんだけど。


「結局、読書三昧なのは変わらないんだけどね」

「ん? なんだ?」


 私の独り言に正面に座っているクリフォードが顔を上げた。


 忙しいのか、無精なのか。少し長くなった前髪を煩わし気に指で跳ね除け、露になった瑠璃色の瞳でまっすぐに見つめられる。


 造作が整っているから、それだけで心臓がどきどきして落ち着かない。


「いえあの、私は寮でも外でも本ばっかり読んでるなぁって」


 私がそう言うとクリフォードは瞠目し、その後微苦笑を浮かべる。


「なるほど、俺もだ。食事と睡眠以外はほとんど何か読んでる」

「クリフォードさまは仕事でも資料とにらめっこですもんね」

「たまにトレーニングもしているぞ」

「トレーニング?」

「うん。体力を落とさないためにな。鍛えとかないと、魔力を使うとき疲労が激しくなる」

「ですね。私も何かやらなくちゃ。クリフォードさまはどんなトレーニングを?」

「朝晩のランニングと、仕事場で同僚たちと模擬戦だな。リディアは学園で体育の時間があるだろう。今はそれで充分じゃないか?」

「そうですねぇ、でももう少し……ウォーキングでもしてみようかな」

「本を読みながらできる運動がいいよな。魔法省の技術開発部に提案してみよう」


 そんな話をしながらお茶を飲み、また本に目を落とす。


 今私が手にしているのは『ディアス博士からの伝言』

 これは私が図書紛失事件に巻き込まれたとき、解決に尽力したクリフォードへ学園長からご褒美に渡されたものだ。


 五百年前の学者、ディアス博士の雑記文をまとめた内容で、後世の学者への問いかけや思いつきがたくさん書かれている。


「この章、魔力が無くなった場合の対処法を用意すべきって、まるで今の時代のことみたいですね」

「そうだな。単なる魔力切れのことを言っているようで、未来を予見した風にも読める。そしたら次のページも深読みしたくなるぞ」

「魔石に魔力をキープしておき、いざとなったらそこから自分に戻して使う解決策、ですね」

「その術式は二百年くらい前に確立されたが……兵器として最大限に利用されたのが世界大戦だ」

「人類は愚かにも戦うために魔石魔術を発展させたと近代魔法史のテキストに書いてありました。だからそれ以来、魔石の使用には国の制限が掛かるようになったんですよね。」

「うん、まぁ制限しなくても、そもそも魔石に魔力を込められない人間が増えてきたから」


 クリフォードは出過ぎて渋いお茶を口にしたような顔でため息をつく。


「五百年前に製紙技術が格段に発展して、多くの書籍が世界に広まった。今に残されたそれらを丹念に追うと、魔力枯渇の問題は昔からあったが、少数派だった」

「はい」

「統計だと、百年前に終結した世界大戦の後から世界中で魔力枯渇が問題になり始めている。そして近年、それが顕著だ」


 クリフォードの青い瞳が深みを帯びていく。


「戦中戦後は魔力を使いすぎて、回復が遅れているんだろうと考えられたが、魔力をほとんど持たずに生まれてくる子供が増えてきた理由にはならない」

「遺伝の問題……?」

「うん、枯渇した親から生まれた子が多かったから、そう唱える学者もいる。でも発現できない程度の魔力しか持たない親から、魔力増幅タイプの子が生まれたりもする。魔力十分の親から魔力なしが生まれたりのパターンもある。遺伝の可能性は一説にとどめておくべきと俺は思う」


 クリフォードは頬杖をついてうつむく。さらりと耳にかかった髪が窓からの光に透けた。


「リディアにも協力してほしいと言ったけど、たぶん俺が生きてるうちに答えは出ないんだろうな」

「え?」

「魔力枯渇の問題は世界中で議論されている。ただ歴史の流れを見ていると結果が出るのに相当の時間が掛かるだろう。きっと見届けることはできない」


 クリフォードは遠い目をした。


「あの、何か魔力を増やす研究とかは……」

「各国で取り組んでる。魔法省に入ったらリディアも参加することになるかもな。それはそれとして、俺個人として……いや、なんでもない」


 クリフォードは口を滑らせたって顔をし、少し早口になって言葉を切った。


「なんですか?」

「うん、またそのうち話すよ」


 珍しく焦ってる様子がすご~く気になる。


「クリフォードさま?」

「ほんとに何でもない。それよりケーキでも頼むか?」

「……いただきます」


 もしかしたら魔法省の機密事項に触れたのかもしれない。追及をやめた私に、クリフォードはホッとしながら今日のおすすめケーキを二人分注文した。


「焼きたてチーズタルトです。チーズ生地にカスタードクリームとシロップ漬けのオレンジを重ね、生クリームでデコレーションしています」

「わぁ、おいしそう!」

「これはミス・タッカーのケーキなんだよな」


 クリフォードの問いに店員はにこやかに頷いた。


 ミス・タッカーとは私に呪符書きの仕事をくれるソニア・タッカーのこと。

 アリスト魔法学園の事務員だが、お菓子作りを得意としていて、最近こうしてこのカフェにも卸すようになったらしい。


「相変わらずソニアさんのケーキは可愛いし、おいしそうだし……いただきます!」


 難しい話は一旦置いておいて、私たちはケーキに舌鼓を打つ。


 舌の上でふんわりと溶けていく生クリーム、シロップの甘さにさわやかな酸味が乗ってくるオレンジ。

 カスタードのやさしい甘味とチーズの香ばしさも調和していて、フォークが止まらない。


 夢中になって食べていたら、クリフォードが窓の外へいぶかし気な視線を送っていた。


「あれは……レオン?」

「え?」


 窓の外を見ると、レオン・タッカーが何やら親密そうな様子で女性と腕を組んでいるのが見えた。





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