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中庭の舌戦。




 図書館を出て研究棟へ向かい、中庭に足を踏み入れれば木々の葉擦れ、小鳥の鳴き声をかき消す喧噪が耳に届く。


「なんだ、あれは」


 マーカス教授がいぶかしんで見つめる先に五、六人ほどの人だかりがあった。

 どうやら男女を複数の女生徒が取り囲んでいるようだ。


「なんですかね」

「トラブルなら見過ごせないな」


 二人で近づくと女生徒たちの高い声がよく聞こえてきた。


「私たちは節度を持ってくださいと言っているだけです」

「友人付き合いを束縛しようとしているわけではありません」

「だから、慣れない彼女に学園を案内していただけだって」


 女生徒に詰め寄られている男子生徒は弱り切った顔で反論している。

 全員紫のタイをしているから、五年生だ。男子生徒の隣に立つ、まぶしい金髪は留学生のフランセット・コラスじゃないか。


「ぴたりと寄り添って案内? おかしくありませんか?」

「エスコートの一種だろう。普通だ」

「ここは夜会じゃありません。それに友人としての距離感でもないわ」

「婚約者もいる身でその態度は、後々問題になるわよ」


 男子生徒は女生徒たちの糾弾にたじたじとなりつつも、なんとか負けないようふんばっている。

 おそらく隣にいる彼女……フランセットにかっこ悪いところを見せたくないのだろう。


「だいたいコラスさんも初対面の男性にべたべたして、恥ずかしくないの?」


 矛先が変わり、男子生徒が気色ばむ。


「フランを責めるのは止せよ。まだ学園に来たばかりで慣れないんだから」

「その割にはずいぶんな態度ですわね。朝からずっと男子を侍らせて」

「しかももう愛称で呼ばせてるの? ありえない。非常識だわ」


 女子の集団にじとりとねめつけられ、フランセットはうつむいた。

 泣くのかなと思った一瞬後、顔を上げて現れたのは大輪のバラのような満面の笑み。


「侍らせているのではなく、私がきれいだから男性が集まってしまうのよ」

「は?」


 時間が止まったかのように中庭にいたすべての生徒たち、私たちのような傍観者も含め、全員が固まった。

 フランセットは人形のような青い瞳で、女子生徒たちを見渡す。


「あなた、なにを言って……」

「男性は私を放っておけないのよ。しょうがないことだから責めないでほしいわ」

「なんて自信過剰な人なのっ」

「過剰じゃないわ。私は努力もしているの」

「努力?」

「毎日、髪の先、爪先まで常にケアを怠らないわ。美容に良いと言われる食事も運動も欠かさない。美しく見える所作も学んでいるから、男性なら目を奪われて当たり前なのよ」


 豊かな胸を張り、堂々と言い放つフランセットは傾きかけた太陽からの光を浴びて、舞台女優のようだ。

 耳に着けている青い貝殻のようなイヤリングが彼女が動く度に揺れてきらめく。


 対峙する女生徒はくちびるをわななかせた。


「な、なによ。見かけだけってことじゃない」

「外側だけきれいでも意味ないわ」

「そういえばこの人、授業に全然ついてこられなかったわよね」

「ティレットより進んでいるカリキュラムにてこずったのは確かよ。そこはこれから努力するつもり」

「そうよね、休み時間に男子たちがこぞってキ・レ・イ! な、あなたに勉強を教えてくれていたわね」


 小馬鹿にされてもフランセットはひるまない。

 鮮やかに微笑んで肯定した。


「えぇ。やさしく指導してもらえて感謝しているわ」


 フランセットはそう言って、自分の背に添えられていた男子生徒の腕から一歩踏み出す。


「私はあなたたちの言う通り学力も魔力も特別優秀ではない。それの何が悪いの?」

「私たちは、節度を持って男性と行動してと言ってるのよ」

「そうよ。学園は自分を向上させるために通うのだから。自分をきれいと思うのは勝手だけど、それを振りかざさないでほしいわ」

「振りかざしてなんかいない」


 フランセットはすっと姿勢を正した。


「私は生まれつき美しいと褒められてきた。それに驕らず、日々努力している。勉学はまだまだだけど、すぐに追い抜くわ。あなたたちもこんなところで私にかまってないで、ご自分を磨いたらどうかしら。美貌は私にかなわないかもしれないけれど、ご自分の得意分野でがんばって」


 一気に言い切ったフランセットは輝くような笑みを浮かべている。周囲は何も言えず、私もあんぐりと口を開けて成り行きを見つめるだけ。


 そんな中、マーカス教授がおだやかに話しかけた。


「面白そうな話をしているね」

「マ、マーカス教授」


 フランセット以外の生徒たちはまずいところを見られたとばかりにうつむいて顔を隠すように礼をした。


 フランセットは堂々とカーテシーをし、マーカス教授と視線を合わせる。


「私は魔法史を教えているボブ・マーカスだ。君はティレットからの留学生だね?」

「初めまして。フランセット・コラスです」

「君の主張には納得できる部分もある」


 マーカス教授がそう言うと、フランセットはにこやかな笑みを口元に浮かべたまま問いかけた。


「納得できない部分はどこでしょうか?」

「まず美醜について。人の好みは千差万別だ。君を美しいと思わない人もいる」

「はい、理解しています」

「次に……君は努力していると言った。しかしそれをもって他者を見下す理由にしてはならない」

「見下したりなんか……」

「君が努力しているように、他者も努力をしているとは考えられないか? 努力をして、思うように実を結ばない場合もあるだろう」

「それは……、はい」

「努力だけでは補えない美醜や才能について当てこすられる悔しさを、君なら理解できるはずだ。今の物言いにそれが一切含まれていなかったか、自省してみてくれ」


 穏やかな口調だけど、言葉の重みを感じたのか、フランセットは押し黙る。


 しばらく真顔でマーカスを見据えたあと、フランセットは女生徒たちに頭を下げた。


「先ほどは言い過ぎました。ごめんなさい」

「え、えっ?」

「だけど私の主張は変わらないわ。男性の目が私に向くことに関して、私を責めるのではなく、当事者同士で解決して」


 フランセットは背筋を伸ばして女生徒たちを一瞥する。そして隣に立つ男子生徒に視線を向けた。


「案内はここまででいいわ。どうもありがとう」

「あ、あの……」


 追いすがろうとする男子生徒に完璧な拒絶の笑みを浮かべてフランセットは学生棟に戻っていく。


 横を通るとき、マーカス教授には一礼をし、私には目もくれない。そんな彼女の歩みは舞台女優のように美しかった。




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