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守護呪符。





 呪符書きのおかげで懐に少しばかり余裕のできた私は、休日に街まで買い物へ出た。


「えぇと、買い足すのはノートとインクと……下着もかな」


 本当は服も新調したいけど、なるべくお金は貯めておいて、領地へ仕送りするつもり。最低限の支出でおさえないと。

 乗合馬車に乗らずてくてく歩き、メインストリートへ。にぎわう人の間を縫い、文具店へ足を向ける。


 と、ふいにどこからか、野太い声が上がった。


「強盗だ!」


 穏やかならざる単語に振り返ると、数人の男たちが近くの両替商から飛び出してきた。

 彼らの身なりは粗末で、荒々しい雰囲気をまとい、手に長い得物を持っている。

 それぞれ重そうな袋を抱え、四方八方に駆け出していく。


「どけ!」

「きゃぁ!」


 強盗たちは得物を振り回し、周囲は逃げ惑う人の悲鳴が行き交う。


「誰か捕まえてくれ!」


 両替商の店員が叫んだ声が届いたのか、通りに設置されている警備隊詰所から警備隊員が飛び出してきた。


「目印を撃て!」

「はっ!」


 号令に従い、警備隊員が強盗に向かってボールのように丸めた呪符を投げていく。

 呪符は人に当たると弾けて、赤い光を強盗の肌に残した。


「うわぁ!」

「なんだ、これっ」


 いくつかは外れて無関係の人にも赤い光を残す。そこへ他の詰め所から新たな警備隊が応援に駆け付けた。


「よく狙え!」

「はい!」


 聞き覚えのある声に逃げる足を止めれば、レオン・タッカーが隊を統率している。

 指示を出しつつ強盗が振り回す剣から老婆を救い打ち倒す。剣さばきが早すぎてよく見えない。でも学生時代の模擬試合より数段早いのが分かる。


「すごい……」


 私はレオンの動きに見とれてしまい、気づいたら足が止まっていた。


 周囲では人々がどんどん逃げていく。その人たちを盾にして、まだ目印を付けられていない強盗たちが死に物狂いで呪符をかいくぐる。


 一度目印を付けられた強盗も大人しく捕まるはずはなく、刃物をチラつかせて活路を開くべく、周囲の人に切りつける。

 レオンはそれを見て、自らの指先から光を放つ。


「拘束!」

「ぐあぁっ!」


 光に撃たれた強盗は黒い縄で手足を縛られた。けれどあきらめ悪く這いずって逃れようとしたので、レオンが足止めの魔法を打つ。


「一人も逃すな!」

「はっ!」


 警備隊員も呪符を連投し、五、六人いた強盗のほとんどが呪符に掴まった。

 しかし足の早い強盗の一人が、うまく人の間に紛れ込み呪符から逃げ回っている。


 レオンの魔法に目を奪われていた私は、それに気づくのが遅れた。


「邪魔だ!」


 あっと思った時には眼前に強盗が迫っていて、逃げる間も与えられず、剣が振り下ろされる。

 陽光を弾く刀身を正視出来ない。我知らず目をつぶり身をすくめたら、首筋に風圧。耳にカキン! と高い金属音が届く。


(あ、これは死んだな)


 私は強盗に至近距離で首を斬りつけられた。剣にかなりの勢いがあったので、たぶん血が噴き出しているはず。でも怖くて目が開けられない。どうしよう。体も硬直して動かない。

 お父さま、お母さま、ジェフリー、ごめん。こんなんだったら、持ち金全部仕送りしておけばよかった。 

 心の中で家族に謝っていたら、すぐ近くから強盗の歯噛みが聞こえた。


「くそっ!」

「え?」


 どこか焦った声音に顔を上げると、またもや至近距離に剣が迫っていた。


(もう一度斬りつけられた!)


 正視できずに頭を抱えてしゃがみこむ。強盗は私にとどめを刺すつもりなんだな。

 そんなことをしている間に逃げればいいのに。学生時代の模擬試合でのレオンは、めちゃくちゃ強かったんだから、のんびりしてたらあなたが斬られるよ?


 パニックで心が麻痺しているみたいで、思考はどこか落ち着いている。あと、体に痛みを感じない。それになんだか暖かい。


 不思議な気持ちでもう一度目を開ければ、強盗は何度も私に剣を振り下ろしている。

 しかしすべて私の皮膚に届かず、振り下ろすたびに刃こぼれしていく。


「なに、これ……」


 目を凝らすと私の周囲にある見えない壁があり、剣はそこで弾かれていた。


「え? え?」

「うわぁぁ! なんだ、こいつ! なんで斬れねぇんだ!」


 私以上に強盗がパニックを起こして泣き叫んだ。

 再びひきつった顔で斬りつけ、それでも私が傷つかないと分かったら、剣を捨てて逃げ出した。


「パウエル! 足止めの魔法を撃て!」


 呆然と強盗の背を見送ろうとしていた私の耳にレオンの鋭い声が届く。とっさに私は手のひらを強盗に向けた。


「止まれ!」


 先ほどのレオンの魔法をイメージし、手のひらから、ありったけの魔力を投げつける。

 私の手から飛び出した赤い閃光は、一直線に強盗へ向かった。直後、轟音と土埃が舞う。


「ぐぇぇ……」


 くぐもった声でビクビクと痙攣し倒れ伏す強盗の足は彫像のように動かない。


「当たっ……た?」

「ひぃ! 来るなぁ!」


 私がふらりと一歩近づくと、強盗は腕を必死に動かしもがく。


 その目に恐怖が浮かんでいて、私は戸惑った。強盗が倒れている地面が大きくえぐれている。


「これ、私が……?」


 魔力を放った自分の手を呆然と見つめる。いつも通り、なんの変化もない手のひら。


「くそぉ! こ、この野郎っ!」


 足が地面に縫い取られたように動けない強盗だがあきらめ悪く、私に向かって路傍の石を掴み振りかぶった。


「拘束」


 強盗の荒い呼吸音に続き、静かな声。突如私の目の前に黒いローブの背中が現れる。

 その人は触り心地のよさそうな金髪を風に揺らし、もがく強盗に指先を向けて青白い光を放った。


「クリフォード……さま」


 名を呼んだ私に一瞬視線を送り、眉根を寄せた後、冷たい目で強盗を見下ろすと青い拘束の縄が締まる。


「ぐ、ぉ……」


 ギリギリと音を立てて軋む縄と赤黒くなる強盗の顔色に私は慌てた。


「クリフォードさま、死んじゃいます」

「加減はしてる」

「そこまででいい、クリフォード」


 呆れた声のレオンが歩み寄ってきた。


「無事だな? パウエルくん」

「はい」

「クリフォード、犯人確保の協力感謝する」


 レオンは雑な仕草でクリフォードから強盗を引き離し、隊員に引き渡した。


「こいつらは?」

「最近出没していた強盗団の一味だと思う」

「そうか」


 クリフォードは頭を軽く振って、先ほどの冷徹な雰囲気を振り払い、私に向かって気掛かりそうに問う。


「リディア、ケガは?」

「あ、ないです。なんでだろ……」


 あれだけ切りつけられたのに無傷な自分に首を傾げていたら、レオンが苦笑いを浮かべた。


「クリフォードの呪符がよく効いてる」

「え?」

「守護呪符だよ、パウエルくん。持っているんだろう?」

「はい。いつもポケットに入れています」

「見せてみろ」


 クリフォードが書いてくれた呪符をレオンに促されて広げると、呪文が消えて白紙に戻っていた。


「命の危機だったようだな」


 レオンの言葉に、呪符の特性を思い出す。

 守護呪符にクリフォードが綴った条件は対象者をすべての災厄から守る、だった。


 呪符にはクリフォードの魔力がたっぷりと込められていたはずだ。あれだけ強力な呪符が一回の襲撃で消えた……。


 これが無かったら私は殺されていたんだ。


 改めて認識したら手が震え、息が浅くなり、遅れて全身が震え始め、私はその場にへたり込んだ。


「こわかったろう」

「……っ、は、い」


 クリフォードはそっと私の背に手を添え、いたわるようにぽんぽんと叩いてくれる。

 そのぬくもりに涙が噴き出した。






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