気の毒がられた。
リディア姉さま、お元気ですか?
我がパウエル子爵領では三年連続の旱魃と不作により、領地経営に深刻な打撃を受けています。
各地に設けた食糧備蓄はすでに底を尽きそうで、来年の収穫期まで持ちこたえられるか分かりません。
領主である父さまや役人、領民一丸となって餓死者を出さないよう奮闘しています。
大人たちは忙しくしているので、僕が手紙を書いています。
まず、母さまからの伝言です。
私たちはこの混乱を必ず乗り切るので心配しないように。
リディアは修学を続け、人の役に立てる人物になってくれることを期待しています。
続いて父さまからです。
倉どころか、金庫まですっからかんにしたので、学費を仕送りできなくなった。申し訳ない。
だが絶対に民を飢えさせない。リディアもなんとかがんばって耐えてくれ。
二人からは以上です。
おじいさまとおばあさまも姉さまを心配しているけれど、手紙をたくさん書くと切手代がかさむので、伝言を預かりました。
愛している。体に気を付けて勉強をがんばってください……だそうです。
もちろん僕も姉さまを愛していますからね。
こんな状況なので、しばらくこちらからは連絡できないと思いますが、また一緒にお茶をしたいです。
次に会える日を楽しみにしています。
ジェフリーより
婚約者にあっさり見捨てられた私は故郷から届いた手紙を握りしめて立ち尽くしていた。
改めて読み返すと、十三歳の弟の手蹟はまだたどたどしく、しかしそれがかえって真に迫る勢いを感じさせる。
「……領地のみんな、だいじょうぶかなぁ」
五年前、十二歳で王都にあるアリスト魔法学園に入学してから一度も領地へ帰っていない。
両親からの手紙で、天候不良が続いていると聞いていたけれど、領経営が悪化するほどだとは知らなかった。
思い返すのは牧歌的な領の風景。
住民はみんなのんびりした性質で、いつものほほんと生きていた。
卒業まであと一年もある。
手紙には修学しろとお母さまからの伝言があったけど、さすがにここは領地に戻って、私にできることをしなくちゃいけないだろう。
私はとぼとぼと学生課へ向かった。
「ふむふむ、学費と寮費が払えなくなった、と」
「はい。あの……私、退学……ですよね」
中にいた事務員さんに現状を話せば、気の毒そうに頷かれた。
ここで「分かりました」と言ってしまったら、本当に終わる。
私は必死に頭を働かせて、解決策を考えた。
「あの、なにか援助を受けられる制度などはっ」
「罹災した場合、学費の免除制度というのがありますけど」
「それ、受けられませんかっ?」
「ちょっと待ってくださいね。えぇと、特別な理由が必要ですねぇ」
事務員さんはルールが載った書類ファイルを確認してくれた。
「領地が旱魃に見舞われたのは特別な理由になりませんか?」
「難しいかも……」
「どうしてですかっ?」
「地震、大火事などで住居や仕事を家族全員が失ったりした場合に適用されると書いてあります。あなたの場合だと、困窮しているけれど収入ありとみなされます」
言葉を失う私に横から他の事務員さんが助け舟を出してくれた。
「彼女が奨学金をもらうことは?」
「あれは入学前に申請して厳正な審査を通過した人のみが受け取れるんです。在学中だと審査対象外ですね」
「他の方法はないのか?」
さらに奥にいた事務員さんたちも私のために仕事の手を止めて頭をひねってくれるが、解決策は見当たらないようだ。
結局、「家庭の事情で退学」に落ち着きそう。
学生課にいたたまれない雰囲気が満ちる。
「あの……使えそうな制度がないか、調べておきますので」
「ありがとうございます……」
万事休す。
私は学生課を出ると、とぼとぼと廊下を歩く。
このまま人の多い寮に帰るのもイヤで、足は中庭に向いた。
「困ったな」
どうしたらいいんだろう。
花壇で揺れる花たちをぼんやり見つめてつぶやく。
事務員さんたちは知り合いに借金をしてはどうかとも、提案してくれた。
けれど親戚を見回しても高額な魔法学園の学費を捻出できる家はない。
親族の中で爵位や財産、領地面積が一番上なのが我が家だし。
しかも親戚はみんな王都にいないし。
「婚約者の家にお願いしてみては?」
事務員さんに悪気なく聞かれて、引きつった笑いで婚約者はいないと答えた。
ついさっき見捨てられたなんて言えなかった。
コーディのさわやかすぎる笑顔を思い出し、中庭の風景がにじむ。
「退学して帰るしか、ないか……」
そこで私は重要なことに気付き、涙が引っ込んだ。
「領地に帰るお金がない!」
つい先日、有り金はたいて分厚い魔法書を買ってしまった。手持ちのお小遣いでは足りなくて、売れる服なども手放してやっと買った魔法書。
「寮では食事が出るから飢え死にしないだろうと思っていたのに……」
次々襲ってくる衝撃がつらくて、ふらふらと裏庭へ向かう。
そこには誰もいない。
咲き誇る花もない。
「う、うわぁぁぁん!」
私は思いっきり声を上げて泣いた。