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趣味と実益と収入と。




 いただいたクッキーをさくさく食べながら改めて話を聞くと、ソニアは字が上手く、一つ年下の弟から請われてずっと呪符を書いていたらしい。


「弟は昔からとにかく字が汚くて……」


 親やソニアが必死で教えて人並みに読めるレベルになったそうだが、古代文字になるとお手上げ。呪文(スペル)を正確に書けないから、呪符も発動せず。


「古代文字のテスト前日なんて、死にそうな顔で書き取り練習をしていたわ」

「はぁ……」

「教授たちが目こぼししてくれたおかげで卒業できたんだけど、仕事で呪符が必要らしく、私に依頼してくるのよ。それも結構な量を」


 ソニアが見せてくれた呪符は拘束と目印。どちらもそれなりに複雑な呪文だ。


「古代文字は難しいし、一文字間違っただけで全然違う魔法になったり、発動しなかったり、誤作動起こしたりするじゃない?」

「はい。書くのに手間暇かかるし、神経も使います」

「特に拘束の呪符は細かいマーク状の呪文(スペル)を三列も書かなくちゃいけないから大変なのよね。それなのになるべく早くと言われてしまって」


 ソニアは大きく息を吐いた。


「ソニアさんが書くのは途中までなんですね?」

「えぇ」


 呪文(スペル)や呪符は魔力のない人でも書ける。しかし最終段階……鍵のようなマークを書くときに魔力を籠めないと、ただの紙のまま。

 文字通りキーポイントが必要で、ソニアの書いた呪符もそこは空欄になっている。


「最後は弟が書いてるんだけど、あなたなら完成させられるのよね?」

「はい」

「魔力の残量などは……」


 呪符に籠める魔力は微々たるものだが、使用して目減りすると枯渇してしまうかもしれない。

 ソニアはそこを案じて、上目遣いで私を見る。


「私はガルシア先輩に増幅タイプだと言われてますから、問題ないです」


 本当は無尽蔵らしいけど、それはまぁおいといて。


「まぁ、あのクリフォード・ガルシアのお墨付きなのっ?」

「はい」

「素晴らしいわっ。あなたの負担にならないなら、ぜひお願いしたい!」


 ソニアは両手で私の手を握りこみ、まるで神に祈るように見つめてくる。


「目印五枚、拘束十枚。前金で一万ポーン、今お支払するわ」

「お任せください!」


 私はソニアの手をぐっと力強く握り返した。






「ほう、呪符書きの仕事を?」

「はい、呪文(スペル)や呪符作成の復習になりますし、お金もいただけるので」


 放課後、マーカス教授の研究室でお茶をしながらソニアとのことを報告する。


「もちろん、教授のお手伝いや、授業に差し障りないよう調整します」

「そこは心配してないよ。でも」


 マーカス教授は心配そうに私を見つめる。


「やはり君に給金を出したいなぁ」

「いえ、それは」


 最初、学費や寮費を貸し付けてもらったうえで、小間使いとしての給金を出すと言ってもらえた。けれどそれはどう考えても過分で、辞退したのだ。


「私は君に手助けをしたいと思ったし、未来への投資だ。遠慮はいらないんだよ?」

「はい、ありがとうございます。もしどうしようもなくなったら、またご相談させてください」

「うん、いつでも頼ってくれ。私も君を頼るから」

「はい!」


 教授の小間使いは最優先事項だ。私は胸の前でこぶしを握り大きく頷く。


「早速だけど、この前発表された学者たちの論文を分類してほしい。それが終わったら私の論文の誤字チェックを」

「かしこまりました!」


 教授のためのお仕事だけど、私の勉強にもなることばかり。こんなに楽しく働けるなんて、幸せ過ぎる。

 分類を終え、赤ペンで下書きの論文に誤字チェックを入れていたら、ふと教授が呟いた。


「ソニア……。家名はタッカーだったな。では弟はレオン・タッカーか」

「え、あのタッカー先輩ですか?」


 レオン・タッカーは私の三学年上の先輩だ。在学中から魔術と武闘を組み合わせて、実技は学園内で一、二を争うレベルだった。ちなみに争っていたのはクリフォード・ガルシア。


「タッカー先輩なら、呪符に頼らず魔法を発動できるのに」

「うん、本人もそう言っていたな。呪符を必要とするのは、魔力の節約か、または魔力のない部下に呪符を分け与えているのだろう」

「タッカー先輩のお仕事はなんですか?」

「王国警備隊だよ。確か王都第二かな」

「王都第二警備隊……」


 国内の治安や要人の警護をする部署だ。武術に長けていた彼には適職だろう。

 私はうっすら記憶にあるタッカーの面影を思い浮かべる。あいにく接点がなく、長身で黒髪を短くしていたイメージしかない。


「呪符は町で悪さをした者などに使うんだろう」

「では治安維持に貢献できるということですね」


 それなら余計にがんばろう。

 やる気がわいた私は、就寝前に頼まれていた分をあっという間に書き上げてしまった。






 翌日、ソニアにもらった前金で、私は久しぶりにランチを食べられた。

 何の変哲もないランチセットなのに、とにかくおいしい。この時間いつも空腹で鳴り続けていたお腹が、今は歓喜のダンスを踊っている気がする。


「リディア、ほっぺがゆるんでいるわよ」

「だって、おいしい……このタマゴサンドの塩コショウが絶妙」


 マリーとキャロル、二人とおしゃべりしながら食べているからか、おいしさが倍増している気がする。


「今日、マーカス教授のお手伝いはいいの?」

「うん。あ、でもちょっと納品に行ってくる」

「納品?」

「実は呪符書きの仕事をもらったんだ」

「呪符書き? いい仕事を見つけたじゃない」

「勉強と収入、一石二鳥だわ」

「でしょ? 今から書いたのを届けに行ってくる」

「いってらっしゃい。薬草学の席は取っておくわ」

「ありがとう!」


 二人に見送られ、呪符を持って学生課を訪れる。だがソニアはおらず、年配の男性が受付の椅子に座っていた。


「あの、すみません。ソニアさんは……」

「家の都合で、急に休むことになったんだ。えぇと、君はパウエル君だよね」

「はい、そうです」

「伝言を預かっている。呪符は週明けに受け取りたい。だがもし君に時間があれば自宅まで届けてほしいそうだ。彼女の住所はここ」


 礼を言い学生課を出てメモに目を通すと、王都下町の住所が記されている。


「あ、ここなら歩いていけるわ」


 週末は授業がないので、マーカス教授の小間使いもお休みだ。時間はたくさんある。

 呪符を届けた帰りに街の本屋をのぞいてみようか。お金が厳しいから何も買えないだろうけど、本がたくさん並んでいるだけで幸せになれるし。新しい本を探すのも楽しい。


 久しぶりのお出かけを頭の中でプランニングし、気分が高揚する。


「早く週末が来ないかなぁ」


 私は中庭をスキップして教室へ戻った。







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