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空腹の昼。




 アリスト学園の時計塔で鐘が二つ鳴る。尾を引く音色が敷地中に届いて、二限目の魔法実技が終わった。


「次回は複数の物体移動を実践してもらう。魔法陣を覚えておくように」


 教師が退室し、テキストを閉じると私はため息をつく。


「リディアったら、憂鬱そうな顔をして」

「だって、またうまく発動しなかったらどうしよう」


 物体移動の魔法が私は苦手で、三回に一回は失敗する。まったく移動しなかったり、移動できても目標ポイントに届かなかったり。


「使う魔力量が少ないんじゃない?」

「かもしれない。加減が分からなくて」


 入学式直後の花がいい例だ。


 私の魔法は少なすぎたり多すぎたりしてばかり。物を浮かせる浮遊術を初めて習った一学年の時は、対象のハンカチだけじゃなく、机ごと持ち上げたこともある。


「魔力コントロールできな過ぎてへこむ」

「私は魔法陣が覚えられるか不安」

「私も。古代魔法文字、難しすぎるっ」


 クラスメイトのマリーとキャロルもため息をつく。


「でも複数の物体移動は必修課題なのよね」

「そう。だから絶対覚えなくちゃ」

「卒業後も役立つって聞くし」


 物体を移動する魔法陣は、使用する魔力量を節約できるし、呪文スペルの追加で移動距離や質量も上げられるので、あらゆる仕事で重宝されている。


「とにかく書いて覚えるしかないか」

「簡単に記憶できる魔法ってどこかにないのかしら?」


 キャロルは魔法陣のテキストを広げた。マリーがあきれ顔で苦笑する。


「あったら教えてね。でもその前にランチへ行きましょう」

「そうだ、出遅れちゃった。カフェテリア混んでないといいんだけど」

「あ、私はマーカス教授のお手伝いに行ってくる」


 勢いよく立ち上がった二人にそう告げると、私はテキストをまとめ、個人ロッカーにしまう。


「えっ、今日も?」

「新学期に入ってから一緒にランチできていないじゃない。朝は先に行っちゃうし、夜もなかなか帰ってこないし」

「忙しすぎるんじゃない? 無理してない?」


 畳み込まれて私は肩をすぼめた。二人の表情を見れば私を心配しているのが分かる。


「……ごめんね、二人とも」

「あっ、ううん、こっちこそごめん。リディアの邪魔したいわけじゃないのよ? ちょっとぼやきが出ちゃった」

「そう、リディアは気にしないで。お仕事がんばって」


 二人に気遣われつつ、校舎の出入口で別れ、私は周囲を木立に囲まれた中庭へ向かう。


 中庭と言っても広々としていて、中央には湧き水を利用した噴水があり、そこを中心に四方向へ水路と白い石畳が伸びている。

 北側に学生棟、西に図書館、東に職員棟、南に研究棟。


 すべての場所に繋がる中庭は、生徒たちの憩いの場となっている。ランチタイムは思い思いの場所でくつろぐ生徒でにぎわっていた。


「今日はどこで時間潰そうかな」


 くぅくぅ鳴るお腹をなだめるようにさすりつつ、私の足は中庭を離れ、木立の中へ向かう。

 一歩踏み込むと、細い路があって、思索にふけるにはもってこいの静けさだ。


「思索……と言ってもお腹が減ってるから、何も考えられないや」


 そんな頭でも浮かぶのはお金の問題。


 学費と寮費はマーカス教授に出してもらえた。それ以外でお金に困ったら遠慮なく頼りなさいと言われているけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 けれど学生生活を営むうえでそれなりに出費がある。


 具体的に言うと文房具や参考書などの学用品、タオルや下着、服などの消耗品。

 文房具はなるべくちまちまと、タオルや下着はぼろぼろになるまで使うつもりだけど、卒業までまったく買わずにやり過ごせるだろうか。


 何より一番大きいのはランチ代だ。


 朝晩の食事は寮費に含まれているので、飢えることはない。

 ただ自腹になるランチ代、三百ポーンを今は出せない。かといって食べないと友人たちが気にするだろうから、最近はマーカス教授のお手伝いだと言って別行動している。


「お金がないって、こんなに焦るものなんだなぁ」


 大きな切り株があったので、腰かけて一息。

 頬に当たるそよ風や鳥のさえずりが心地よくて目を閉じてぼんやりすることしばし。


 空腹で冴えた聴覚がかさかさという音を拾った。

 目を開けたら、見覚えのある女性が職員棟の方から歩いてくる。


「あら、パウエルさん……だったかしら」

「あ、学生課の、えっと」

「ソニア・タッカーよ。ちょうどいいいわ。少しお話してもいい?」

「はい」


 ソニアは私の横に腰かけ、淡い茶色の瞳を細めて微笑んだ。


「学園生活は落ち着いた? 新学期早々大変だったと聞いたわ」

「はい。でもマーカス教授や学園の方々に助けられましたから。お金のことも解決して、今年度も履修できます」

「力になれなくてごめんなさい」

「とんでもない」


 ソニアは学生課を訪ねた時に、何か退学にならないよう手立てはないか真剣に考えてくれた人だ。


「あの時は親身になってくださってありがとうございました」


 礼を言うために体を動かしたら、お腹が盛大に鳴った。


「パウエルさん、ランチはこれから?」

「あ、はい」


 あいまいに笑って頷くと、ソニアは私の状況を察してくれたようだ。眉を下げて私をじっと見つめた後、バッグから小さな包みを取り出した。


「このクッキー、よければ一緒に食べない?」

「いいんですか?」

「もちろん。私が焼いたから不格好なのもあるけど」


 ソニアが包みを開くと、中には十枚ほどのクッキーが入っていた。

 本人は謙遜していたが、どれもきれいに成型されていて職人が作ったようだ。

 勧められて一枚口にすると、バターの香りが口腔内に広がる。


「おいしい……」

「六年生はランチ前に実技のレッスンよね。魔力を使うとお腹減るから」


 そう言ってソニアは苦笑する。


「タッカーさんも魔力持ちなんですか?」

「ソニアでいいわよ。わたしではなく弟が魔力増幅タイプなの。枯渇の心配はないけど、常に何かしら食べてるわ」

「弟さんが……」

「魔力の消費量が大きいと食事量も増えるみたいね」


 そういえばクリフォードもよくお腹減らしてるなぁなんて考えていたら、ソニアが私の手に包みを乗せた。


「全部食べていいのよ」

「いえ、そんな」

「遠慮しないで。それに……ここで会えたのも巡り合いかもしれない」

「巡り合い?」

「実は呪符を書ける人を探していたの」


 ソニアは数枚の紙を私に見せた。


「これは、えと、目印を付ける呪文スペル? こっちは拘束かな?」

「そう。さすが現役生ね。目印と拘束は弟が仕事でよく使うらしくて、私に書き溜めといてくれって依頼されたの。同時期に知り合いからも生活呪符を頼まれてしまって……」


 ソニアは言いながら、自分の手を揉んでいる。かばんの奥には紙の束が見えた。


「一人じゃムリな分量だから誰かにお願いしようと思ってたんだけど、どうせならあなたに仕事として頼みたいわ」


 授業や宿題、それにマーカス教授のお手伝いがあるから、量が多いと厳しいかもしれない。

 気軽に引き受けていいのか躊躇していたら、ソニアが私の様子をうかがいながら、指を二本立てる。


「一枚二千ポーンでどうかしら」

「やります!」


 考えるより先に即答していた。





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