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入学式の日。


「本年も多くの新入生を迎えられたことを我々一同喜ばしく思う」


 入学式は晴天の下、華やかに行われた。


「君たちの前途は様々なことが起こるだろう。楽しいことばかりではない。失敗もする。間違えもする」


 登壇した学園長の演説に幼い顔の新入生たちが真剣に聞き入っている。


「だがそれらの経験、努力の先には楽しみや喜びがたくさん待っている。どうかよく学び、たくさんの知識をこの学園で手に入れてほしい。君たちの未来に祝福があらんことを!」


 学園長が右手を上げ杖をふるう。教授たちも一斉に倣うと講堂の中に花吹雪が舞った。


 わぁと歓声が上がる。新入生はみんな幼く、かわいい。


 私たち在校生はそれを見ながら、手が痛くなるまで拍手を送り、校歌を歌う。

 講堂中の熱気に満足そうな学園長の左手には、古い本があった。

 ディアス博士の召喚術だ。


「無事入学式ができたわね」

「うん、よかった」

「感慨ひとしおよ」


 マリーとキャロルたちが両脇から私の肩を叩いて労わってくれる。


 サラはあの後、私への怨嗟を口にし、犯行を自白した。


 グレイに語ったところによると、サラも元はアリスト魔法学園の在学生だったそうだ。

 しかし生家の男爵家では学費が捻出出来ず、さらに魔法も枯渇して三年で退学。


「私にとって学園は大切な場所なのです」


 なのに去らなければいけなかった絶望と深い悲しみ。

 退学後は生活費と司書になるための学費を必死に稼いだ。

 数年後、司書としてだが学園に戻れた。充実した毎日を送っていたが、過去の自分のように学園を去る生徒の多さに心を痛め、やるせない気持ちが日々増えていく。


「そんなときにリディアの話を聞きました」


 自分とは違い、退学にならなかった私のことを彼女は憎んだ。


「私たちには助けが来なかった。なのになぜあの子だけが……」


 しかもあのマーカス教授の研究室にいられる?

 マーカス教授は私を助けなかったのに?


 もちろんサラは教授たちに相談もしていない。

 学費の問題より、もっと重要なポイント……魔力がなくなったから、退学は問答無用だった。


「つらくて悲しくて、悔しくて」


 我が身の悲運を嘆くサラから、反省の弁はまだ出ないらしい。

 それくらい鬱屈した感情をため込んでいたのだろう。





「リディアは、とばっちりだったな」


 入学式後、私が裏庭でぼんやりしていたら、クリフォードが眠そうな様子で歩いてきた。その背後にグレイもいる。


「ガルシア先輩、サントス調査官」

「ふわぁ……たくさん魔力を使うと眠さと空腹が数日続く」

「おかげで早期解決できた。これは調査官長から預かった礼だ」

「ありがたく。はちみつケーキですね」


 どさりと重そうな紙袋を渡され、クリフォードは遠慮なく受け取った。

 

「あの、サラはどうなるんですか?」


 グレイに問えば、彼はう~んとうなる。


「無断で本を持ち出したから、窃盗罪になるだろう。刑は被害額相当の罰金かな」

「あとは業務規律違反だな」


 クリフォードに言葉に頷き、グレイは続ける。


「だけど、もうアリスト魔法学園には戻ってこられないし、公的機関などの就職は厳しい」


 図書館などは公的機関に分類される。そういうところで働けなくなるということは、司書としての未来が閉ざされたということ。

 今後は新たな仕事を探すしかない。きっと司書より給金は落ちるだろう。食べていくのもかつかつになる。


 それは、マーカス教授に助けてもらわなかった、将来の私の姿だ。


 濡れ衣を着せられたのはくやしかったけど、私はサラを心底憎めない。

 この感情を飲み込むしかない。それが学園長やマーカス教授の言っていた経験だろう。

 うつむいたままの私の前にグレイが立った。


「パウエル君、私もここの中退生だ」

「え?」

「資金が足りず四年生で退学し、就職した。赤いタイは手にできなかったが、天職といえる仕事に巡り合えた」

「はい……」

「私は自分の人生に納得している」


 グレイの態度に卑屈さは見られない。


「学園長は中退した私のことを覚えていてくれて、仕事上で何かと目をかけてくれる。卒業だけが正解ではない」

「……はい」

「今はがんばる君たちを関係者として誇りに思う。学園生活は楽しいか?」

「はい!」

「君の未来が素晴らしいものであるよう、祈っている」


 グレイはそう言って去っていった。


 裏庭に残された私はクリフォードに向き直る。


「ガルシア先輩」

「ん?」

「あの魔法陣すごかったです。私も書けるようになりたいです」


 学園長やグレイは探索の魔法陣を書けるだろう。

 でも有限タイプなら、魔力を節約しているはず。だからクリフォードに魔法を使ってもらった。

 現状、有能な人が能力を発揮できていない。

 それはものすごくもったいないことだと思う。


「この魔力で人の役に立ちたい。魔法というものをもっと掘り下げたいです」


 そしていつか魔法で誰かを助けることができるようになりたい。

 私が熱弁をふるうと、クリフォードがうれしそうに笑った。


「そういえば……学園長から特別に、今回の報酬として古書を譲ってもらったんだ」

「それはどんな……?」

「魔力譲渡、変換など、様々な可能性を記した本だ。これはディアス博士の晩年、雑記文からまとめられた」

「よ、読みたい……」

「いいよ、一緒に読もう。その代わり条件がある」

「なんでしょう?」


 どんな条件でも飲める! 私は勢い込んで一歩前へ。


「簡単だよ。俺を名前で呼ぶこと」

「え?」


 きょとんとなった私の髪をクリフォードがやさしく撫でる。


「でもそれは……」

「俺がそう望んでいる」

「でも、ガルシア先輩……」


 戸惑いすぎて、握りこぶしは形を失った。


「あの、その、ガルシア先輩にいろいろと迷惑がかかるのでは」


 問いかけたら、クリフォードはつんとそっぽを向く。


「ガルシア先輩」


 呼べば呼ぶほど、顔をそむける。

 私が名前を呼ぶまで返事をしない気らしい。子供のようだ。


 私は緊張しながら、ため息のような声を出す。


「ク、クリフォード……さま?」

「さまもいらないけどね」

「いくらなんでもそれはできません」

「妥協しよう」


 肩をすくめてクリフォードが私に手を差し伸べる。


「さぁ、マーカス教授のところに行こう」

「はい」

「今日もお茶におまじないを掛けてくれ」


 そう言って眠たげに笑うクリフォードに私は元気いっぱい頷いた。





誤字脱字報告ありがとうございました。

読んでくださっている方々に助けられて、楽しく執筆できました。

本当にありがとうございました!

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