お茶と祈り。
とりあえず調査官たちは納得してくれたようで、私は解放された。
疑いが晴れたわけではないだろうけど、学園長は私を信じてくれていると感じられたのがうれしい。
今日はこのまま図書館を閉鎖して本を捜索するようなので、マーカス教授に頼まれた「ワルいまぞくをやっつけろ!」は借りられなかった。
まっすぐ研究室へ戻る私に学園長とグレイもついてくる。
「戻りました」
「おかえり、リディア。後ろのメンツはどうしたんだい?」
「実は……」
「私は第一警備隊特別調査官のグレイ・サントスと申します。少し困ったことが起こりまして」
グレイは直立不動で状況を説明した。学園長はさっさと私をソファにエスコートし、ご自身もくつろいでいる。
「ばかばかしい」
一通り話し終えると、マーカス教授はグレイの話を一蹴した。
「リディアがそんなことをするわけない」
「だよなぁ、うちの生徒にそんな不心得者がいるはずない」
「もちろん学園長としてそのスタンスで行動したろうな? ポール」
「当たり前だ、ボブ」
二人は名を呼び合う関係のようだ。
「それにしても……紛失したのがディアス博士の召喚術とは」
「犯人や本が見つかっても見つからなくても始末書だけでは済まない事態になりそうだ。そのせいで司書の中には関係者に自白の魔法を掛ければいいといきり立つ者もいてな」
「そんな魔法、許可もなく掛けられるか」
未だ直立不動のグレイに座りなさいと命じ、マーカス教授はお茶を人数分淹れてくれた。
「疲れただろう、リディア。飲みなさい。サントス調査官も」
やさしく微笑まれたけど、手が動かない。
「マーカス教授、身の潔白のためなら自白の魔法を掛けてください。このままでは私のせいで教授に迷惑が……」
「落ち着きなさい、リディア。自白の魔法は精神に干渉する難しいものだ。下手な術者がやれば脳を壊される。ゆえに禁術」
「禁術……」
「ほぼほぼ死刑が決まっている極悪犯などに使われるものだ。そうだよな? サントス調査官」
「その通りです。私も自白の魔法を使う前にやるべきことがたくさんあると思っています」
「うん、期待しているよ」
「はい、今日のところはこれで失礼いたします」
いつの間にかお茶を飲み干していたグレイは腰を直角に折って頭を下げ、退室していった。
私はまだ呆然としたまま、その背を見送る。
「リディア」
マーカス教授が優しい声で私を呼んだ。
うつむいていたかったけれど、呼ばれて顔を上げないわけにはいかない。
ゆっくり正面を見れば、穏やかな微笑で深くうなずかれた。
「大変だったね」
その声にぽろぽろ涙が出てくる。
見知らぬ大人に囲まれて怖かった。疑われて悔しかった。
泣き止まない私にマーカス教授はお茶を淹れ替えてくれた。
お砂糖を一つ、スプーンをくるくる回しながら溶かし、「おいしくなぁれ。そしてリディアが元気になりますように」とささやく。
「ボブ、おまじないか?」
「そうだよ。リディアがいつも私に掛けてくれる魔法」
湯気を上げるカップを渡され、目線で促され一口。
「……おいしい」
「よかった」
マーカス教授はホッとしたように笑う。
「こうやって誰かを思いながらお茶を淹れるのもいいね。時間を大切にしている気がする」
「はい」
もう一口。お茶が私の体と心にあたたかく染み渡る
私が落ち着いたのを見て学園長は去り、マーカス教授は静かに語り掛け始めた。
「私は君を信じている。君も自分を信じて堂々としていなさい」
「はい」
「いい返事だ」
お茶を飲み終えてぼんやりしていると、研究室にノックがあった。マーカス教授の応えに顔を出したのはクラスメイトのキャロルとマリー。
「失礼します。学園長にここへ来るよう言われたのですが」
「リディア、どうしたのっ?」
二人は泣きはらした顔の私を見つけて慌てて走り寄ってくる。
「来てくれてありがとう。実はね」
マーカス教授がお茶を淹れながら二人に事情を説明してくれた。
「そんなことがあったんですか……」
「いきなり疑われたなんて、そりゃショックよね」
学園長は気を利かせてくれて、私と仲の良い二人を呼び出してくれたらしい。ありがたい。
「リディア、今日は寮に帰って休みなさい。いろいろ不安だろうから二人は手助けしてあげてくれ」
「もちろんです」
マーカス教授にしっかり頷いて二人は私に寄り添ってくれる。
「マーカス教授、ありがとうございました」
「いいんだよ。また明日も頼むね」
「はい」
泣きつかれて重い頭を下げれば、マーカス教授は微笑を収め、生真面目な顔で私たちを等分に見つめた。
「私は君たちを信用している」
「教授?」
「私の生徒に物を盗むような人間はいない」
「はい、私たちはそんな愚か者ではありません」
キャロルがはっきりと言い、マリーも頷く。
「魔法が使えることで、卒業後に謂れのない疑いを受けることはよくある。リディアの今日の出来事はいつか君たちにも降りかかるかもしれない。だが、この学園の卒業生として胸を張り、正しく対処するように」
「……はい」
「何かあればいつでも私たちを思い出し、頼ってくれ」
マーカス教授はどこか、祈るような目でそう言った。