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紛失。

 



 マーカス教授に知的好奇心を存分に揺さぶられた後、私はやっぱり弾む足取りで図書館へ向かう。


 エントランスドアに手をかけたら、図書館内部がなんだかざわざわしていて、落ち着かない雰囲気。

 司書室の方には、険しい顔をした大人がたくさんいる。


 首を傾げながら書架へ足を向けると、「アッ」という声が上がった。

 振り向けば貸出カウンターで、司書のサラが私を見ている。


「こんにちは、サラ。どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないわ」


 サラは顔をこわばらせて私から視線を外す。


 一体なんだろう。

 彼女の態度がいつもと違い、足が止まった。

 すると貸出カウンターの横にいたおじさまが私に気づいて、サラに目配せをした。サラが神妙な態度でうなずく。


「君の名前は?」

「リディア・パウエルです」

「君が?」

「え?」


 おじさまはつかつか歩み寄ってきて目の前に立ちふさがった。


「少し話を聞かせてもらいたい」

 

 逆らえない雰囲気に私は無言でうなずいた。


 おじさまに誘われ、私は閲覧席に座る。

 両脇と背後をいかつい男性に囲まれて、対面にさきほどのおじさまが座った。


「私は第一警備隊特別調査官のグレイ・サントス。君に問いたいことがある」

「はい」

「君の身分証を見せてくれ」


 ローブの内ポケットに入れておいた学生証をテーブルの上に置く。


「貸出カードは?」

「これです」

「司書から聞いたが、君はマーカス教授の指示で図書を借りていたそうだな」

「はい、教授から預かった貸出カードはこちらです」

「拝見する。ふぅむ、裏書きサインは教授の直筆に間違いないな」


 グレイは納得して、私にカードを返した。


「君はマーカス教授の弟子ということだな」

「弟子というか……」


 この空気の中、黙っていても余計に怪しまれるばかりだ。隠すことでもないから、私は正直に自分の状況を打ち明けた。

 するとグレイの目の色が変わる。


「すると君はお金に困っていた、と?」

「はい」


 頷けば両隣と背後の男性から、身構える気配がした。え、なに?


 困惑して正面を見れば、グレイはため息をつく。


「図書館から貸出カードを使わず本を持ち出したことは?」

「ありません」

「一度も?」

「はい。あの、まさか」


 緊張して声がかすれた。


「本が無くなったんですか?」

「……そうだ。それも複数冊。闇マーケットに出品すれば大金に代わるタイトルばかり」


 グレイはタイトルをはっきり言わなかったが、おそらく禁帯出の専門書だろう。


「……私、疑われているんですね」

「君だけじゃない、出入りしたすべての人が対象だ」

「でも私が一番怪しいと」

「まだ手がかりを探しているところだ。パウエル君」


 グレイとは違う、低い声に呼びかけられ振り返れば、司書室から学園長が出てきた。


「グレイ、むやみに生徒を尋問しないでくれ」

「事情を聞いていただけです。司書によると、最近禁帯出ルームに入ったのは、司書たちと教授連、そして彼女だけだということなので」


「それにしたって威圧的だ」


 学園長のひとにらみで私の両隣と背後の人たちが壁際に下がった。


「パウエル君」

「はい」


 学園長は閲覧席にやってくると、魔法で椅子を引き、私の横にどさりと座り込む。


「紛失タイトルの中に『ディアス博士の召喚術』が入っている」

「え!」


 それを聞いて驚かない学園生はいないだろう。

 ディアス博士とは五百年ほど前の学者で強大な魔力を持ち、召喚術を発展させた功労者だ。


 学園で所有する『ディアス博士の召喚術』初版にはディアス博士自身の書き込みがたくさんあり、本を上梓した後も術式をさらに進化させていたのが分かる。


 その書き込みを元にディアス博士の生存中はもちろん、没後も版を重ねて召喚術は改良されてきた。

 だがだからと言って初版の貴重性が失われたわけではない。

 むしろ天才の思考をトレースできて研究すべき書物となっている。


 私も家の図書室にあった解説付き復刻本を舐めるように読んだ。学問好きなら一度は本物を見てみたいと考えるだろう。


 その機会はアリスト魔法学園に入学すると与えられる。

 入学式で学園長が登壇する時、小脇に抱えてくるのだ。


 ディアス博士のように惜しみなく励むべしと学園長の訓示と共に研究者、学者としての象徴として扱われていた。


「あの本が盗まれたんですか?」

「盗まれたと決まったわけではない。紛失だ」


 学園長の言葉に司書室に集まっていた司書たちが顔色をもう一段階悪くする。


「明後日の入学式で使おうと取りにきて紛失に気付いた。詳しい保管場所は教えられないが、禁帯出ルームだ」


 学園長に静かに言われ、私は自分の立場を理解した。自分ではないと叫びたいが、のどがひりついて声が出ない。


 何も言えなくなった私から視線を外さぬまま、グレイは学園長に問う。


「彼女は金銭的に困窮していた。学園長はこの話をご存じでしたか?」

「学生課主任とマーカスから報告は受けていた。グレイはパウエル君を怪しんでいるのかい?」

「彼女だけではなく、あらゆる可能性を考えます。なので少し聞かせてほしい」

「はい」


 グレイの厳しい目線に足が震える。椅子に座っていなかったら、腰を抜かしていただろう。


「君はお金に困っているんだね?」

「先日までは。けれど今は困っていません」

「最近、行った場所は?」

「学園内と寮だけです」

「場所を詳しく」

「教室と図書館、研究棟です」

「学園の外や町には行かなかった?」

「はい」

「図書館に『ディアス博士の召喚術』初版が置いてあるのは知っていた?」

「知りませんでした」


 矢継ぎ早の質問に呼吸が浅くなる。手の震えはまったく止まらない。


「最近見知らぬ人間と会ったことは?」

「ありません」

「教室の個人ロッカーと寮の部屋を見せてもらおう」

「分かりました」


 プライバシーなんて言ってられない。それで疑いが晴れるなら大歓迎だ。


 促され、立ち上がろうとして足に全く力が入っていないのに気付く。


「ゆっくりでいい」


 学園長が手を差し伸べてくれて、私は震える手を重ねた。


 触れた手のひらからあたたかな魔力を感じる。

 見上げればきれいなウインクをする学園長。


「大丈夫だ、気を強く持ちなさい」

「はい……」


 学園長から伝わる魔法はあなたに幸福がありますようにというおまじないのようなささやかな魔法だ。だが、学園長の魔力が強いため、おまじないを飛び越え、守護、防御のレベルまで発展している気がする。


 おかげで歩く力は戻ってきたので、調査員たちをメイン教室まで案内できた。

 私が使った机の中や私物ロッカー、寮の部屋は女性調査員によって検められる。

 私が触ることは当然だけど許可されないので、学園長に支えられたままその様子をぼんやり見ていた。


「何もないようだな」


 グレイの言葉に大きなため息が零れた。

 よかった……。


「ではパウエル君を解放していいな?」

「もちろんです。協力感謝します」

「はい、あの……私は絶対に盗んでいません」


 グレイを見上げて言えば、瞠目の後、深い頷きと微笑をもらった。






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