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自身の出自など全く知らず双子の姉妹として育てられた2人は、間もなく14歳の正月を迎えようとしていた。


木賊の君は松葉の君を姉と慕い、松葉の君も木賊の君を可愛がっていた。それぞれに世話役として乳母がつけられていたが、2人は常に寄り添いお互いの足りない部分を補い合って成長していた。


そのためか、年頃になった今でも夜は一緒の褥で眠っていた。


「・・・?」


松葉の君は夜中にふと目を覚ました。木賊の君を起さないようにそっと体を起こす。あたりはしんと静まりかえり、虫の鳴き声だけが庭から聞こえてくる。


「どうしたの?お姉さま眠れないの?」


松葉の君の起き上がる気配に目を覚ましたらしい木賊の君は重い瞼を薄く開いた。


「いいえ、なんとなく目が覚めてしまっただけよ。起こしてしまってごめんなさい」

妹の癖の強い黒髪を撫でながら松葉の君は微笑んだ。

「入内のことで何か、不安なことでもおありなの?」


松葉の君は、右大臣家の娘としてこの春、帝に入内することが内定している。

帝は2人より15以上年上で、すでに数人の妃を迎えていた。だが未だ姫宮しか生まれておらず、東宮の位は帝の腹違いの弟宮がついていた。

だが、母親の身分があまり高くなかったため、未だ反対するものも多い。

右大臣は、才色兼備と都でも評判の松葉の君に多大な期待を寄せていた。松葉の君が、入内し帝の寵愛を受け皇子を生み、やがてその子が帝位につけば帝の外祖父として権力を思う存分振るうことができるからだ。


しかし、14歳の少女にとっては重過ぎる期待であることには間違いなく、木賊の君は常々姉のことを心配していた。


「大丈夫よ。心配しないで」


そう微笑む松葉の君の姿が、木賊の君にはひどく痛々しく映った。


「私、白湯でも頂いてきますわ。それでも飲んで、お姉さまゆっくりお休みになって」


木賊の君は起き上がると褥を抜け出した。





だから、木賊の君が両親の話し声を聞いてしまったのはまったくの偶然だったのである。

湯をもらおうと乳母の部屋に向っている最中、誰かの話し声が聞こえてきた。


月も中天を越えようかという時刻である。不思議に思った木賊の君はその話し声のする方へそっと足を進めた。


「(父様、母様・・・)」


明かりも付けず、人目を忍ぶように2人は肩を寄せていた。話に夢中なのか、木賊の君には気づいていない。



木賊の君は、悪いことだと知りながらも耳をそばだてた。


「ー何故そう思う」


「松葉の美貌や才能には私、恐怖すら感じます」


「(お姉さまの話・・・?)」


入内を前にして、何か不都合でもあったのだろうか。

同じ右大臣家の娘として生まれながら自分と違い誰よりも美しく頭の良い姉が入内することは木賊の君自身当然のことだと思っていた。姉の入内に関して何も問題は起きないとも、確信していた。

だがそれは木賊の君の思い込みだったのだろうか?


我がことのように、緊張し顔をこわばらせた妹はじっと両親の会話を聞いていた。


「しかし、全てに恵まれたあの娘こそ我らが求める娘ではないか?」


「いいえ、殿。木賊こそ私たちの娘。見かけばかりにとらわれ、娘の内面を本当に見ようとしない殿にはお分かりにならないでしょうが、木賊は松葉とは比べようもないほどに優しく、気立ての良い娘です。あの心の清さこそ、尊いと私は思います」


「(どういう、こと?)」


まるでどちらかが本当の娘ではないかのような話しぶりだった。双子として生まれながら、何一つ似通ったところがないのは不思議だったが、2人が姉妹であるということを木賊の君は疑ったことはなかった。おそらく松葉の君も同じだろう。


「だが、もう時間がない。来年には約束の15歳になってしまう」


体こそ大きいが、その気の弱さが声に現れたかのようなか細い右大臣の声に、北の方は強い口調で言った。


「ですから、松葉こそ鬼の娘。あの娘を殺してしまえばいいのです!」



地面が大きく揺らいだような気がした。

鬼?姉さまが、鬼?

誰よりも美しく、優しいあの方が?


木賊の君は、思わずふらりとその場に座り込んでしまった。


「誰です!」


その物音に気がついた北の方が慌てて廊下と部屋を隔てていた御簾を捲り上げた。



「木賊・・・」



北の方は青い顔をして木賊の君を見たが、直ぐに腰を下ろし、力なく座り込んでいる愛娘を抱き寄せた。


「お前は、何も心配する必要なないのです。そなたは、仏が私たちに下さった大切な娘。だれもそなたを傷つけたりしない。いいですか、父様に知られないようにそっと部屋に戻りなさい。明日、お話しましょう」



「だれかいたのか」


部屋の奥から心配そうな右大臣の声が響いた。


父、右大臣は落馬がもとで足を悪くしているためすぐに立ち上がったり歩いたりすることは困難だった。


「いいえ、風で木が揺れただけのようですわ」


そう、答えながら木賊君を急かし部屋へと戻らせた。





鬼・・・。鬼の娘・・・。


あの優しい母が、聴いたことのないような厳しい声音で言い放った





『松葉こそ鬼の娘。あの娘を殺してしまえばいいのです!』





母が、嘘をつくはずがない。



けれど木賊の知る限り、誰よりも優しく賢い姉である松葉の君が、昔物語で読んだ鋭い歯と角を生やしたあの恐ろしい化け物であったなど、どうしても信じられなかった。



「朝を待とう。母様が全てお話下るわ」


何かの間違いであって欲しい。


今このときが夢の中の出来事であったらどんなにか良いだろうかと木賊の君は思ったが、その願いが天に通じる訳もなかった。




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