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今上陛下が即位される15年ほど前、一人の女が藤原の右大臣の屋敷の門を叩いた。
そのあまりのみすぼらしさに門兵は冷たく女をあしらい追い出した。
女は、右の大臣に面会を求めたが叶えられるはずもなかった。
女は涙を2粒地面に零し、来た道を戻っていった。その涙は女が去った後も乾くどころか熱を持ったかのようにぷっくりと膨れ盛り上がっていた。
不信に思った門兵の一人がその涙を枝でつつくとまたそれは大きくなった。
その盛り上がった涙は、翌日その翌日になっても乾くことはなく、女が去ってから1週間の後には、直径1メートルにはなる大きな2つの塊になっていた。
鬼の仕業かと恐れおののいた右大臣は、加持祈祷を高僧に命じた。
しかし、どんなありがたい読経も全く無意味であった。
そして、また1週間の後、卵が割れるかのように赤く膨れた2つの物体にひびが入り、それぞれから1人の女の赤ん坊が生まれた。
この話を聞いた右大臣は生まれた娘たちを、鬼の子と思った。この子供をどうするか考えあぐねた大臣は都でも評判の僧都に相談した。
すると僧都はこう答えた。
「一人は仏の娘である。この娘を養女として迎えればお家に最高の富と名声を与えるでしょう。しかし、もう片方は鬼の娘である。この娘を養女に迎えればお家は絶えましょう」
僧都の法力をもってもどちらが仏の子で鬼の子なのか分からなかったため、右大臣は迷ったすえ娘を2人とも右大臣家で育てることにした。
娘たちがある程度成長した後、その気性を見極めようとしたのである。
だが、それに僧都は反対した。人の身で仏の子を育てるのは恐ろしいことであり、娘2人ともを寺に預けることを、僧都は強くすすめた。だが、生来出世欲が強かった右大臣は聞き入れなかった。
「鬼の娘は、15になる前に殺しその体を海に沈めよ」
僧都は最後にそう言い残し、屋敷を後にした。
子のいなかった右大臣の北の方は喜んで2人の娘を屋敷に迎え入れ、その手で養育し始める。
屋敷から向って右側の涙から生まれた姫を松葉、左側から生まれた姫を木賊と名づけた。
長ずるに及んで、松葉の君は天真爛漫に可愛らしくなったが、木賊の君は逆に痘痕を顔中につくり、お世辞にも美しい姫とは言いがたかった。
やがて筝の琴や歌など、貴族の娘に求められる教養全てに才能を見せる松葉の君を右大臣は大層可愛がり、暗く一日中部屋に引きこもっている木賊の君を冷たくあしらうようになっていった。
それを不憫に思ったのか、北の方は木賊の君に特別目をかけていた。
そんなある日のことである。