異世界転移してもと悪役令嬢ともふもふいっぱいのダンジョン経営をしていたおっさんは、狐耳美女妖怪と共に魔竜に挑む~断じて浮気ではありません!~
「待っておったぞ」彼女は俺を見るなり、晴れやかに笑った。
俺は異世界転移者、37歳。
色々あって、元悪役令嬢の妻と共に『もふもふダンジョン』を経営している。
仕事はダンジョンに堕ちて廃人になる寸前の客を固有スキル『共感力』で救うことだ。
しかしながら今日のターゲット、凛とした狐耳美女妖怪『玉藻前』様は、どうも堕ちたのではなく俺を捕まえにきたようだ。
一体、何故。
彼女は目に決意を秘め、俺に手を差し伸べる。
「共に双頭の魔竜タルクミッヒを倒すのじゃ!」
「いやだ」と応えた時には、既に遅し。
玉藻前は俺の手を取り、世界の中心へと転移した。
そこは、焼け爛れた暗黒の大地。
その上では、魔竜タルクミッヒが2つの頭を別方向にくねらせ、威嚇していたのだ!
玉藻前によれば、タルクミッヒは、魔竜の中でも殊更に厄介なイッヒビン種。
彼が現れると、世界は優しさと愛を喰らいつくされて滅びるのだという。
なお、その咆哮を聞くだけで、この世界の人間は再起不能になるそうだ。
「妾の百人目の夫もあの声で……」
玉藻前の目に、悲しみが刷かれた。
「て俺はいいのか」
「だって異世界人じゃもの」
なるほど。
グォォォォォォっ!
魔竜の咆哮が、耳を強く叩き、胸を縛り付けてくるっ!
思わずよろめき膝をつく俺に、無数の意識が斬りつける。
「もう疲れた」「何をしても虚しい」「ゴミクズ同然の人生」「寂しい寂しい寂しい」
そうか。
魔竜は、この世界の人たちの思いから、生まれたのだ。
「わかる!わかるぞぉっ!」
俺は『共感力』のありったけを発揮し……敗北した。
げふっ。
咳と共に血と折れた歯を吐き出した俺に、もふもふの九尾が絡み付く。
玉藻前は無駄に悩ましく囁いた。
「妾の全てをやろうぞ♡」
次の瞬間、俺の中には膨大な妖力と知識、そして心が流れ込んできた。愛する心、諦めない心だ!
「絶対に諦めないぃ!」
俺の熱い絶叫と共に、極限にまで高まった愛と共感力が強大な光となって、魔竜を包み込む!
ガァァァァァっ
魔竜は悲鳴を上げつつのたうち、光の中へと消えていった。
やがて、その跡を優しく温かい光が照らし出す。そこには。
「あばぁ」「ぶぅ」
双子の赤ちゃんが、無邪気に小さな手を伸ばしていた。
どこからか神々しい声がする。
「世界に愛と平和と希望をもたらす、王子と王女です。大事に育てて下さい」
「妾とそなたの子じゃな」
玉藻前は両腕に優しく双子を抱えて去って行った。
どこか懐かしい子守唄を、その唇に乗せながら。
もと悪役令嬢「でかけるならちゃんと、ひと声かけて下さいっ」
おっさん「ごめん、心配してくれたんだね……ありがとう」
もと悪役令嬢(赤面)「もうっ♡」