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NO FUTURE  作者: 夜中まひる
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『回想 : 弐 喫茶店にて』





春を感じさせる穏やかな温風が、街の表通りをふわりと流れている。

顔を撫ぜる微風にアカリは目を細めた。薄水色の空は晴れ渡っており、日差しが心地良い。

もし旅行に行けるのであれば、緑豊かな山村で羽を休めたい。

今住んでいるような人口密度の高い都市に居続けると、人のいない場所が恋しくなる。

荒んだ心を大自然の中で解放したいのだ。

柄にも無く、彼女はそんなことを思った。


しばらく歩いているうちに、この街で一番大きな本屋が見えてくる。

その本屋と隣接してある、喫茶店へと彼女は足を踏み入れた。

夕方になると学生が頻繁に出入りしているが、今はほどよく空いている様子である。

チリン。

客が店に来たことをベルが知らせてくれる。


「いらっしゃませ~。何名様でしょうか?」

店内に入った瞬間、濃い目の化粧をしたウエイターに出迎えられた。

年はアカリと同じくらいだろうか。体形は細いが、声がよく通っている。

「一人」

「それでは、こちらのカウンター席へ」

「いや、あの」

すっかり忘れるところだった。彼女は内心、少し焦りながら、

「待ち合わせてるので」と、付け足すとウエイターの女の子も了承してくれた。


アカリは店内を見渡して探すのだが、自分を待っているのが誰なのかわからない。

視線をぐるぐると回していると、一人、こちらに鋭い視線を送っている人物を見つけた。

今はああなってるのか。すぐにコンドウだと察する。

彼女の座っているテーブルへ向かうが、なにやら表情が険しかった。


「おっそいなぁ!!」

「は?」

急に怒鳴られた。

携帯を取り出して時刻を確認する。14時35分。

約束の時間が何時だったのかはっきり覚えていないので、どれくらい遅刻したのかわからない。

アカリはとりあえず謝ることにした。

「えっと……ごめん……?」

「何してたんだよ。1時間も待たせやがって」

少し考えるが、適当な答えが思いつかない。

故に、ここはありのままに伝えるのが正解なのではないか、と判断した。

「大自然に想いを馳せてた」

「どういうことだよ!!」


周りの客たちが、アカリのほうをそろって向いていた。

空気もシンと静まり返っている。

「ほら、声が大きい。押さえて押さえて」

「誰の所為だと……!ハア……」

ようやく落ち着いてくれたようだ。


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

先程とは違う、男性のウエイターが見計らって訪ねてきた。

がたいがよく体育会系の顔つきだが、不思議とエプロン姿は似合っている。

「アイスコーヒー1つ」

「私もコーヒーおかわり」

「かしこまりました」

男は礼儀正しくお辞儀をしてホールへ戻っていった。


アカリはようやく要件を思い出す。

今日は、近藤理香子とお茶をする約束をしていたのだった。

お茶をする、と言っても単なるティータイムというわけではない。

この二人に限って、それはない。

当然ながら、仕事についての話をする為であった。


「しかし……」

アカリがコンドウの肢体を上から下まで眺めながら言う。

「……また、随分と若くなったんだな」

「うるせえ。ほんの少しだけだよ」

「見た感じ、私と同じくらい?」

「女子高生になる必要があってな」

彼女がぐりんと首を回すと、コキコキと音が鳴った。

「変形途中はやっぱ落ち着かねえ」

「あ、それ完成してないの?」

「まぁ、ほとんど終わってるんだが……肌ツヤとかそのへんだ」

細部の拘りが強いやつだ、とアカリは心の内で微笑んだ。

彼女は粗暴なところはあるが、仕事はきっちりこなす人間である。要するに、プロだ。

「芸細かいよね」

「うるせえ」


同業者とはいえ、彼女らが顔を合わすことは多くない。だが偶には共同で任務を行う事もある。

時々顔を合わせる度に、お互い新たな側面を見せつけられる。

それも新鮮ではあるが、不安要素になるのは否定できないだろう。

素性のわからない人間と共同作業をすることほど、恐ろしいものはないのだ。

こうして直接会って会議を行うというのは、必要な儀式なのである。


少しの間が空いた。

黙っていると、落ち着いたピアノの旋律が微かに耳に届く。

お互い俯いてテーブルを見つめていると、「お待たせいたしました」と、ウエイターが注文の品を運びに来る。

グラスをそっと置き、一礼して去っていくのを見送ると近藤の方から切り出した。


「どうなんだ、調子は」

「特に、問題はない」

コーヒーには何も入れず、そのまま口に含む。

「大抵無傷で帰れるし、銃弾は避ければいい」

「……お前の場合は、心配いらねえか」

「ドーピングしてるから」

アカリは誇らしげな顔だ。

「けっ」

近藤は、遠回しに促してやったのに、とでも言いたげな顔で舌打ちをした。

「まあお前が気にしてねえならいい」

言いながら視線を手元に移し、ミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。

氷がコップに当たり、カランと涼しげな音を立てた。

「あと、ト―カの仕事が確実だから」

「あー。あの引きこもりの小娘か」

近藤自身が現在未成年の姿なので、小娘というワードが出てくるのは面白いな、とアカリは思った。

実年齢も20代なので、それにしても違和感があるのだが。

コンドウって、どことなく年寄り臭いよね……とは言わないでおく。


「今回もそいつがナビするんだったな?」

「勿論」

「あまり偉そうな口利くなよって言っといてくれ」

「……言ってはおくけど」

多分意味ないよ、と心の中で呟く。

ト―カに年上の人間を敬う気持ちなど、欠片も無いからだ。

しかし、それは自分も同じかもしれないとアカリは思った。


「そっちは、どうなの?」

「びっくりするほど心がこもってねえな」

「ごめん」

「やめろ謝るな。ごめんね、貴方に関する情報に興味がないの、みたいな意味合いになるだろそれは」

しっかりと混ざったところで手を止め、ごくりと喉へ流していく。

ジョッキを飲むおやじの振る舞いと瓜二つだった。

コップの半分ほどまで飲み、口を開く。

「とりあえずは順調だな。大きなミスもねえ」

「そう。それは何より」

「ただまあ、これは仕方ないんだが…」

と言って、大きく伸びをした。それだけでピキピキと音が鳴りそうだ。

「能力を使って形状を変化させる度に、身体に衝撃が走る。特に男になる時だとな」

「……ホントに凄いよね、その能力。どうやってるの?」

「お前に言われたかねえがな。不可解なのはお互い様ってことだ」


チリンチリン。チリンチリン。

ベルの音がさっきから頻繁に聞こえる。

混みだしてきたようだ。受付の女性も忙しそうにしている。


「さっさと終わらせよう」

「ああ」

二人が座っている席は奥まった場所にあり、他の客達の視線も届かない場所にある。

話を聞かれる心配もないのだが、やはり人が多いと気になってしまう。

アカリはグラスを除けてスペースを確保すると、鞄からA4のクリアファイルを取り出した。

収納してある紙束の中から一枚を抜き出し、机の中心に置く。

ビルの見取り図のようだった。

「どういうアプローチをかけるんだ?」

「まぁ、何パターンか用意してあるけど……」

「お前が一番無難だと感じるのはどれだよ」

「奴の、側近の秘書になってもらう。これが一番手っ取り早い」

「じゃ、リスクがあっても面白そうなのは?」

「実はこいつには、不倫相手がいるんだけど……」

「成る程っ、そいつになりすまして誘惑すればいいんだな!?」

「……貴女の演出選びの基準って何なの。……そんなんだから皆、コンドウと組むって時に嫌なオーラ出すんだよ」

「おい、サラッと何吐いてんだよ。冗談だろ?」

「さあて……」

「おいっ!!」

「アカリちゃんチョイスで、最も成功率が見込める秘書作戦を採用する」

「……勝手にしろ」


コンドウの扮装する人間が決まったところで、具体的な動きを決めていかなければならなかった。

「秘書になるのはいいが、既存の…というか、本物のほうはどうするんだ?」

「前日に攫っておく。ターゲットと話すための情報もここで得る」

「どんな顔してる?」

「秘書?」

「ああ」

アカリはさきほどのクリアファイルの中から、何枚か紙きれを取り出した。

「これは……」

「知ってる顔?」

「いや。顔は勝ったな、と」

「……知らないよそんなの」

「この角度だと分かりづらいが……スタイルも負けてなさそうだ」

「知らないって。どれくらいかかる?この人」

「3週間もかからねえ。見た感じ、今の状態とほとんど差がない」

「良かった。……候補の中には男の人もいて、そっちも捨て難かったんだけど……コンドウの負担を配慮したんだよ」

「そりゃどうも」

「それじゃあ、大まかな流れを説明するから」

2人は時折ペンで書き込みを入れつつ、しばらく話し合った。


「……そのタイミングで出てくればいいんだな?」

「そう。そこからこのルートを通過して、上手い事誘い出して」

「簡単に言いやがって……普段は何人ぐらいついている?側近の人間は」

「日によって違う。最大で、5~6人程」

「万が一、この時点で勘づかれてしまった場合、どうする?私一人の手にゃ負えない」

「……そうだな、マシンガンで(秘書のコンドウ君ごと)消してしまえば一瞬で終わるんだけど……危険すぎるから適当に煙幕でも撃って逃げて。二輪で拾いに行くから」


「……それで、このフロアまで制圧できたら、見張りの代わりに私が巡回する。ト―カと通信しながらね」

「追手に対しても先手を打てて、退路をキープできるってことだな」

「そう」

「初期配置の一掃にはどれくらいかかる?」

「配置の仕方による。そこまでは把握してないけど……人数からすると、おそらく10分前後」

「なるべく早めに頼むぜ。演技が見抜かれる事は万が一にもないが、小汚いおっさんと二人きりなんて居心地が悪い」


「……で、頃合い見てそっちに連絡入れる。そしたら殺って」

「ズドンとぶちかましてやればいいんだな」

「貴女の愛用している銃からは、そんな音はしない筈だけど」

「私の頭の中ではズドンで正解なんだよ」

「それで用が済んだら、屋上に向かって」

「下じゃないのか?」

「その短時間じゃほぼあり得ないんだけど、出入口を完全に封鎖されたら出られなくなる可能性がある」

「屋上で、なんだ?ヘリでも置いておくのか」

「バカなの……そんな派手に動いて、追尾されたらどうしようもないでしょう」

「じゃあどうするんだよ」

「その場合、ビルとビルを飛び移っていくという選択肢以外、存在しないに決まってる」

「うん。お前のほうがバカなんじゃない?」

「冗談言わないで。人一人を抱えながら跳躍することなんて、銃弾を人に撃ち込むくらい簡単な事なんだから」

「わかったわかった。黙ってひっついときゃいいんだろ」

「そういうこと」


やがて、全ての確認事項のチェックが済んだ。

アカリがふと周囲を見回すと、あれだけ居たはずの客は少なくなり店内は閑散としていた。

「私、アイス食べたくなってきた。コンドウ、いる?」

「チョコミントあるか?」

「普通のチョコなら」

「それでいい」

注文を済ませると、2人はしばらく黙っていた。

お互い、話し合った内容を頭の中で反芻しているのかもしれない。

デザートが届くと、アカリのほうから話し始めた。


「そういえばコンドウって、普段何してるの?」

「そんなの、知ってるだろうが。専ら潜入……」

「じゃなくて、仕事以外の過ごし方」

「あぁ!?……んだよそれ。何もしてねえよ」

「何もしてないことはないでしょ。一人の時間、ただボーっとしてるの?」

「……」

「部屋の壁のシミとか見つめて、ただただボ~っとしてるの?」

「……そうだよ」

「……」

「……」

「ん。この味、いける。一口どうぞ♥」

「ゴホッ、てめぇ何しやがる!!」

「期間限定、春の空色味……みたいな」

「雰囲気出すのに必死じゃねえか」

「美味しいでしょ?」

「今度やったら殺す」

「……どうして、そんなに頑ななんだ?」

「……何がだよ」

「自分のこと、話そうとしないから」

「……お前はどうなんだ」

「え?」

先程から怒りつつも穏やかな雰囲気だったコンドウに、一瞬鋭い気配が浮かぶ。

「普段何をしているか。なんて、訊かれても答えたくないんじゃないか?お前も……」

「まあ……いや。そんなことはない」

「いいんだよ言わなくて。別に知りたくもねえ」

「随分と冷たいんだな」

「私たちが、個人的に干渉し合った所で何になる?」

「……」

「互いの立場を考えろ。慣れ合ったって仕方ないだろうが」

「……そうかな」

「ほら、さっさと出るぞ。……長居し過ぎた」


2人はデザートを食べ終えると、店を出る準備をした。

アカリが財布を忘れたと言い出したのでコンドウが二人分払う羽目になり、

「いい度胸してんじゃねえか!ええ!?おい!!」と怒鳴った。

それに対しアカリは「ごめんごめん、付けといて」と、無表情で答えるのだった。


外に出ると、既に街は夕焼け色に染まっている。

一分一秒でも早く帰りたいと言わんばかりに、仕事帰りの車が高速で通過していく。

「何回かシミュレートしとけよ」

「ああ」

「引きこもりにも流れをよく確認させろ」

「ああ」

「ヘマするんじゃねえぞ。……じゃあな」

そう言うと、彼女は颯爽と歩いていくのだった。

後ろ姿は、可愛らしい少女そのものだった。

彼女がそういう見た目をしていた所為か、今日は少し軽口を叩きすぎたかもしれない。

アカリは僅かに反省した。ほんの僅かにだが。


「あっ」

携帯を取り出そうとカバンを探ると、普段は使わないポケットに財布が入っていた。

カバンの中をよく見ないで入れたので、このような場所に在るのだろう。

「今度、奢ればいいか」

またコンドウと2人で、打ち合わせのために喫茶店へ行くかどうかはわからない。

でも、一回ぐらいは行ってもいいかな。……仕事以外で。

店の中でコンドウが放った言葉の意味もよくわからないまま、アカリはそんなことを考えるのだった。







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