***プロローグ***
『NO FUTURE』
原案 : 夏祭FLAM
執筆 : 夜中まひる
修正 : 夏祭FLAM、Juda Watson
本作品、NO FUTUREはゲーム化を前提に夏祭FLAMが考案した設定を元に、ライターの私、夜中まひるが執筆した物です。
様々な事情によりゲーム制作は一旦見送られましたが、このまま眠らせておくには勿体無いという事でなろうの方で投稿することにしました。
どうぞ、お付き合い頂ければ幸いです。
高級マンションはエレベーターの動きまで上品なのだろうか。
緩やかに動き出した騒音の無い箱に揺られながら、少女――宮代灯はぼんやりと思った。
至極面倒げな表情でエレベータ内に視線を彷徨わせる。
壁の華美な装飾も、恐らく高価であろう間接照明も、彼女にとっては意味がない物であった。
――仕事でも無ければこんなハイソなマンションへ来たりはしない。
――さっさと終わらせて自分の住む安アパートに帰ろう。
「……」
溜息を尽きながら壁に凭れ掛かる。
だが思考とは裏腹に、少女の上品な容姿はその場にそぐうものであった。
着ている制服は都内でも有名な私立女子高の物で、長めのスカートに黒タイツ、黒いローファーと黒で統一された服装である。
更に黒髪のロングヘアが、清楚さを演出している。
大きな切れ長の目に、引き締まった口元は驚く程の美を放っていた。
しかし、見る者によってはその目付きが、普通の女子高生にしては些か鋭すぎる事に気づくかもしれない。
少女は無駄に豪華なエレベータ内を見回すのに飽き、ふと肩に下げている学生カバンの中身を確認した。
やはり先程見たとおり、仕事に必要な物は間違いなく揃っている。
エレベータに乗ってから既に二度目の確認だった。
それは彼女が特別に心配性という訳ではなく、単にすることが無いからである。
だが何度見ても、カバンの中身が急に空になることなど無い。
少女は再び壁にもたれながら、徐々にその数を増やしていく壁面の階数表示を眺める。
退屈な時間だった。
『ちょっとアカリ、何ぼーっとしてんの』
上品というよりは怠慢なエレベーターに苛立ちを感じ始めた時、少女の右耳に装着された無線機に通信が入った。
いつも聞く相棒の声である。
「……別に、つまらない仕事で呼び出されて退屈なだけ」
氷の様な美貌から意外にも可愛らしい声で少女は答えた。
『つまらないって、それは私の協力があってこそだってことを忘れないでね!
監視カメラの映像を偽装してるから、正面から堂々と入っていけるんでしょ』
「解ってるよ……」
言いながら頭上の監視カメラに向かって面倒くさげにひらひらと手を振る。
制御を奪われたカメラは偽の映像を記録しつつ、本来の現場も現在の制御者へと送信していた。
『たまには私の存在に感謝してね。それと、いくらなんでも油断しすぎだよ。呆けた顔しちゃってさ』
相棒――三崎十香の言葉を聞き流しながらも、本能的な警告によってアカリは気を引き締めた。
そう、楽な仕事だからと言っても油断してはいけないのだ。
「敵はボディーガード3人だけ、変更はない?」
『無いよ。外に2人、中に1人。3人共銃を持ってるから、一応気を付けて。まぁあんたなら大丈夫だろうけど』
「銃の種類は判る?」
『詳しくはわからないけど、全員拳銃だよ。ライフルなんて背広で持ち歩けないし。口径は不明。ひょっとしたらデカい弾かもしれないし全部避けてね』
「……適当な仕事振りだな」
言いながらアカリは笑う。
先程から美少女が語るには相応しくない内容であるが、この室内にそれを咎める者は居ない。
『敵の装備なんて毎回ハッキリ判るわけないじゃん!それに、仮にフルオートのAKだろうがどうせアカリには当たらないんだから、関係ないでしょ?』
「無茶言わないで、当たる時は私でも当たる……もう直ぐ目的階に着くよ。集中するから、ちょっと黙ってて」
『はーい。……頑張ってね!』
無線が切れるのとほぼ同時に、増え続けていた数字がようやく目的の階を示した。
目的階への到着を告げる「ピーン」という軽快な効果音、それは退屈な時間の終わりを告げる音でもあった。
やはり上品な動きで停止し、ゆっくりと扉が開いてゆくエレベーター。
アカリはゆっくりとその扉を潜り、右手をカバンの中へと突っ込んだ。
絨毯の敷き詰められた廊下へ足を踏み出すと同時に、左方へ顔を向ける。
予め廊下や部屋の構造は把握済みだ。
遠目にも屈強な体躯が見て取れる黒服のボディーガード2人が、目的の部屋の前に立っているのが視界に入る。
――両手はフリー。エレベーターが動作するのを見て警戒はしていたが、
降りてきたのが少女だったので油断している。……やっぱり、簡単な仕事だったな。
アカリが微笑を浮かべながらカバンから手を出した時、そこには既に仕事道具が握られていた。
女子高生が持つには余りにも不自然な、無骨な道具。
ボディーガード達はそれを見た瞬間、訓練された動きで直ぐ様懐に手を入れた。
それは完全な弛緩からの動きにしては十分に素早い物であったが、命のやり取りをするにはやはり遅すぎた。
極小の射出音と共に2人の頭部に小さな穴が空く。ドサリ、と音を立てて男達が倒れた。
アカリは銃口から未だ煙の上がる仕事道具――ワルサーGSPを握りしめ、目的地、507号室へと素早く駆け寄った。
静かに済ましたつもりだが、気付かれた可能性はゼロではない。
予め用意しておいた合鍵でドアを開ける。
――……大丈夫だ。私は死なないのだから。
宮代灯の仕事は、殺し屋だった。
開いたドアの向こうにはリビングへと続く廊下があり、廊下の真ん中で黒服のボディーガードが此方を向いて固まっていた。
「……!?」
やはり外の音は聴こえていなかったようだ。
何故こんな所に女子高生が?
表情でそう物語りながら固まる男に向かって、アカリは容赦無く引鉄を引く。
射出された弾丸はアカリの期待通り男の脳内を掻き回し、死に至らしめた。
糸が切れた人形のように男は崩れ落ちる。
ボディーガードは3人――これで障害は全て排除したはずだった。
つまり、残りはターゲット一人。
堂々と中へ踏み込むと、リビング内で驚いて転がっている標的の男が直ぐに見つかった。
「な、なんだ。君は……」
髭を蓄えた白髪の男がアカリを見るなり恐怖の表情をその顔に浮かべ、後退りする。
先程の銃声から、流石にただの女子高生が入ってきたとは考えなかったようだ。
男は一見して、上流階級の人間と判る外見であった。年は50後半から60前半といった所だろう。
恐らく普段は人の上に立つ立場の人間として相応しい振る舞いを取っているのであろうが、みっともなく転がる今の姿は、単に死に怯える老人の物でしかない。
「な、何故私を狙うんだ……!私は」
当然ながら、アカリは答えなど返さなかった。
代わりに、バスッ、という小さな銃声が老人の言葉を遮る。
彼は驚愕の表情を更に歪め、仰向けに倒れた。
バスッ、バスッ。念の為に心臓と頭部に一発ずつ打ち込む。
男はもう動かなかった。
確実に死んだのを確認すると、ようやくアカリは息をついた。構え続けていた銃をゆっくりと下ろす。
男の順風満帆だった人生は、たった三発の銃弾によってその行く先を途絶えた。
「……」
アカリの仕事は終わった。
合計4つの死体を作り出し、少女は其処に佇んでいた。
なんとなく、穴の空いた死体の顔を眺める。
この男は確か農林水産省の官僚の1人だったろうか。
政治など全く関心の無いアカリでさえニュースで顔を見たことがある程の有名人だ。
メディアへの露出が多く、バラエティ番組にも昔は出ていたとトーカが語っていた。
庶民派の意見と人柄で随分人気だったらしい。
だが――対象の素性などアカリには関係ない事柄であり、興味もなかった。
何故この男が殺される事になったのかすら知らなかった。
彼女はただ命じられた仕事をこなすだけである。余計な情報は、無駄でしか無い。
アカリは死体から目を逸した。
当分人は来ない筈だが、早く居なくなるに越したことはないだろう。
長々と老人の死体を眺めていても得られる物は何もないのだ。
倦怠感と、僅かの達成感と共に、アカリは無線のスイッチを入れた。
「トーカ……今終わった。脱出ルートの指示を」
ピーーーーーー。
しかし、直後に彼女の耳に届いたのは相棒の返声ではなく、謎の機械音であった。
部屋の中を、まさしく自然には起こりえないであろう不自然な音が反響する。
同時に、彼女の背筋を冷たいものが走った。冷涼とした空気が己を包むかのようだった。
それはアカリが今までに幾度と無く体感した、死の予感に他ならなかった。
PC、スマートフォン、警報装置、目覚ましのアラーム。
この音の正体について考えられる物として有力な説を幾つか思いつくが、全て間違いだと直感が告げていた。
耳元でトーカが何か喋っているが、全て脳を素通りしていく。
これは……
「やっべ」
爆音。爆風。
破壊を伴う熱と風が部屋の中央に居た彼女を否応なしに襲う。
一体どこに仕掛けられていたのか、それは彼女の直感通り、一部屋丸ごと吹き飛ばす威力の爆弾であった。
熱さや痛みなど感じる暇もなく少女の肉体が破壊されていく。
腕が千切れ飛んだ、顔が熱風で焼けただれた。避ける場所などなかった。
ベランダへ向かって吹き飛ばされ、ガラスを突き破って宙空へと投げ出される。
全身にガラス片が突き刺さった。既に片腕と両脚が無かった。
気管も一瞬にして焼かれたようで、呼吸が出来ない。
ダメ押しだと言わんばかりにすっ飛んできたテーブルで、彼女の首は胴体から切断された。
錐揉み回転しながら生首と胴体が落下してゆく。
このまま硬いコンクリートへと叩きつけられれば、原型を残さない肉塊と化すだろう。
――薄汚い殺し屋には似合いの末路だ。
アカリは薄れゆく意識の中そう思った。
『ちょっとアカリ、何ぼーっとしてんの』
無線からトーカの声が響いた。
怠慢にも上品なエレベーター内で、アカリは壁にもたれて階数表示を眺めていた。
「………」
――生きている。
『アカリ?』
返事の帰ってこないパートナーに対し、再び語り掛けるトーカ。
それに対し、呆然自失といった感のアカリはようやく我に返った。
「……いや……今回の仕事は、意外と退屈じゃなかった……と」
彼女は生きていた。
首はキチンと胴体と繋がっており、手足も無事だった。
美しい白い肌も健在で、火傷の痕など1つもない。
そして、そんな彼女の不自然な言動に対し、長年の相棒は状況を悟った。
『……もしかして、一回”死んだ”?』
「……ああ」
アカリはパネルを操作し、一階へと降りるよう指定した。
怠慢な動作のエレベーターが、折角昇ってきた道をまた引き返し始める。
「……今回の仕事はキャンセルだ。507号室で標的を殺した瞬間、予め部屋に仕掛けられていた爆弾が起爆した。バラバラにされた」
『そんな馬鹿な。事前の情報じゃ……』
「トーカじゃなくて、上の連中がミスしたのかもしれない。……それでもあんな威力の爆弾を置く意味はわからないけど」
手足が吹き飛んで胴体と首が分離する感覚を思い出し、アカリは身震いした。
一部屋どころではなく、廊下まで爆風は届いただろう。それ程の威力だった。
人間1人殺す為というには過剰という他ない。
『……まぁいいや、とにかく早く脱出して。さっき入ってきた裏口からでOKだから』
「了解」
『……また”能力”に助けられたね。アカリ』
「……そうだね」
宮代灯は殺し屋である。
そして彼女は、所属する組織内でも極めて優秀な人間だった。
ありとあらゆる困難な任務を全て成功させてきた実績もさることながら、その身体能力も評価の対象である。
外見から受ける印象は華奢で上品な美少女。だがその皮下には、鋼のように引き締まった筋肉が潜んでいるのだ。
更に彼女は定期的な薬物摂取と強化訓練により、肉体を限界まで行使する事が出来た。
手刀は人体を貫き、拳は頭蓋を砕く威力。
ある程度距離があれば、発砲されてからその超人的反射神経で銃の弾丸を避けることすら可能であった。
だが――彼女を有名にさせたのはその戦闘力のみによるものではない。
その美貌は潜入には目立ち過ぎる上、演技力や性格にも多々問題がある。
戦闘力にしても、『組織』には彼女に匹敵する者など大勢いた。
そもそも、複数人を相手にする場合もあるので戦えるに越したことはないが、基本は暗殺であり、大立ち回りをする事など滅多にないのだ。
彼女が優秀と評されるのは、そのユニークかつオカルティックな”能力”によるものだった。
――即ち、『未来予知』である。
『これで6回目かな?』
トーカが無線越しにクスクスと笑う。
「何笑ってる」
『あ、バレた?ごめんごめん』
謝りながらも笑みの雰囲気は消えない。
アカリは不機嫌な表情を浮かべエレベーターの壁を蹴り飛ばした。
本気で怒っている訳ではなく、それは少女の苛立ちを表す些細な感情表現の1つに過ぎない。
だが彼女の筋力による蹴りは、金属製の壁を凹ませるには十分な威力を持っていた。
『…でも、ホントに便利だよねぇ。死ぬ心配いらないもん』
我に返り、凹んだ壁を見て唖然としているアカリに向かってトーカが言う。
『未来予知』とは言っても、好きな未来を好きな時に見られる訳ではない。
彼女が予知できるのは、『直近の自身の死』のみであった。
故に、予知をしたという事は、自分が何かミスをして死んだということなのだ。
一切霊的現象や占いなどのオカルトを信じないアカリであるが、自身の予知だけは真実であると確信していた。
だが――組織の研究者達はその能力をオカルト的な物ではなく、高度な知能による『極めて精度の高い予測』だと判断していた。
しかしそれにしては、正確過ぎるだろうとアカリは思う。
いくら私の頭が良かろうと、知りもしない事が分かるのは説明がつかないではないか。
本当に未来が見えているとすれば、それは正に奇跡。神から授かったかのような異能である。
そうでないなら、命を落としてから時間を遡及しているとでもいうのだろうか?
過去へ遡るのと未来予知のどちらが現実的か。そんな生産性のない話をしても仕方がない。
原理は不明だが、実際にその力でアカリは何度も命を救われているのだ。
「……」
トーカの言葉に憤慨しながらも、アカリは何も言わなかった。
結局の所、己の責任なのだから仕方がないのだ。
あんな爆弾を事前に回避出来る人間など、この世に居るとは思えなかったが。
(……いや待てよ。これって私は、事前に回避したことになるんじゃないのか……?
――でも一度やられてるしな…)
アカリがそんな事を考えていると、上りとは違いあっさりとエレベーターは目的の階に辿り着いた。
勿論実際には上りも下りも同じスピードで動いていたのだが、行きよりも帰りのほうが体感で速く感じるというのはよく言われる話である。
アカリは一階へと辿り着いたエレベーターから足早に降りると、直ぐに裏口へ向かって駆け出した。
トーカによって警報装置が操られている為、入ってきた時と同じく鍵は開いたままだ。
エントランスには人影は無い。普段であれば詰所の中にいる筈の警備員も予め排除済みである。
一時警備を退ける程度、組織の力であれば容易い事だろう。
お陰でアカリは堂々と、住民のような顔をして入ることが出来たのだ。
尤も、十数分で何もすること無く立ち去るハメになったので全ての工作は無意味と化してしまったが。
唯一の変化と言えば、アカリの使用したエレベーターの壁の一面が歪んだことぐらいだろう。
アカリはそのまま疾走を続け、誰にも会うこと無く、無事に裏口へと辿り着いた。
「外に人は?」
『誰も居ない。出てOK!』
ノブを素早く回し、人目に付かぬように素早く外へと滑り出る。
視界が開けた瞬間、外界が暖かい日差しと涼しい風で歓迎してくれた。
ほっと息をつく。
ようやく、ハイソな高級マンションから脱出を果たしたのだ。
全く散々な目にあったとアカリは胸を撫で下ろした。
今後、仕事プライベート問わず高級マンションに立ち寄る事は無いだろう。
「トーカ、早く此処から離れたい。取り敢えず地下鉄に」
そしてその直後、狙撃されて死んだ。