新米科学者 ー3ー
「さて、驚いて当然かもしれんが、編入生がここにやってくることになった」
隆斗は教室のドア越しに編入する学級の担任の声を聞くと同時に、これから始まる新生活に淡い期待を抱いていた。
玄関に入るなり学年主任らしき先生についてくるように言われ、従ったのち着いたのが進路相談室と思われる部屋だった。
そこにいたのは、優しいオーラが体から溢れんばかりににじみ出ているおじいちゃんだった。
おじいちゃん––––下川と名乗ったこの先生が隆斗のクラスの担任だった。簡単な自己紹介をお互いに終えてからこの学校についての説明をいろいろされたのだが、とにかく楽しそうだというのが隆斗が抱いた素直な感想だった。
高校生ではあるが、そんなことはお構いなく、科学や、その関連教科においてハイレベルな勉強をしていく。それがここの高校––––情報技術高等学校だ。
ここの高校には三つの学科––––普通科、情報技術科、高度科学科があるとのことだった。隆斗は情報技術科に編入する。
担任は話の終わり際に「この高校は偏差値が全てではない。在学中にどれだけの成果を残したかによって優劣を決めている」と言っていたが、隆斗は編入試験の成績が悪かったのだろうかと考えていたが、次の言葉でその悩みは一蹴される。
「編入試験で満点を取って入学した生徒は史上初だよ。一体、どんな裏技を使ったんだね?」
「……先生はご存知でしょう」
「そうだな。悪かった、聞かないでおくよ」
その後は、ホームルームの時間まで前の高校の話をするなどして時間を潰した。
そして、今に至る。
「さて、編入生、入って来なさい」
よくアニメや漫画なんかでよく見る感じだと思いながら、教室に足を踏み入れる。
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この高校に入れて嬉しいことは嬉しいが、極力目立ちたくなかった隆斗は、完璧に凡人の自己紹介をした。
すなわち––––
「小野倉隆斗です。札幌出身です。まあ、向こうでもそれなりに成績は良かったのでこっちでも頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします」
そう、これでいいと思っていた。
皆から拍手される。そのとき、ぽっかりと口を開けて呆然としている人を見た。
––––その人は、紛うことなく紫音だった。
無表情を貫くことはできたが、紫音がいたことにかなりの衝撃を受けていた。
そして、彼女の隣の席は空席だった。欠席かと思ったが、欠席者はいない。つまり……
「小野倉、堂ノ瀬の隣に座ってくれ」
担任は紫音のことがわからなくてぽかんとしているのかと思ったのか、俺に指を差して教えてくれた。
「え、あ、はい」
大勢の視線を浴びながら席に着く。紫音がこそこそとこちらに話しかけてきた。
「ねえ、なんであんたがここにいるの」
「言っただろ。同じ学年、同じ学科だって」
「でも、クラスが一緒とは言ってなかったじゃん」
「……偶然って恐ろしいな」
「知ってたの?」
「…………偶然って恐ろしいな」
紫音の指摘の通り、隆斗は知っていた。なにせ情報技術科は定員八十名だ。よって一クラス四十名のニクラス構成となる。
そして、ここの学級は三十九人しかいないのだ。必然的にここの学級になると推測できる。
そんなことを知ってか知らずか「そっか……偶然なのか」と紫音は呟いていた。
さて、いつでも、どこでも、転校生がやってきたら、SHRのその後の展開というのは決まりきっている。
––––恒例の質問(攻め)タイムである。
もちろん、隆斗も例外ではなく、席が近い近隣住民から何十もの質問をされた。
好きな食べ物から趣味から、座右の銘を聞かれることもあった。この学校にした理由を聞かれたりもした。質問というよりも、これは面接だな。
そう思ったのであった。
この時間だけでも疲れたのだが、授業の間の十分休憩なり昼休みなりに一週間分くらいの会話をしたと感じるほど質問に答えたのであった。
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校門を出たところで、隆斗は後ろからやってきた紫音に呼び止められた。
「どうせ帰り道一緒なんだし、ね?」
別に断る道理もないので、「ああ」とだけ言って横に並んで帰る。
––––しかし数分後、ここで、ドラゴ○ボールの某キャラがいれば「とでも思ったか!」なんて言いそうな展開になった。
駅へ向かう途中、この辺の地形を知っておこうと人通りが少ない道を歩いていた。横目で路地裏を確認したときに隆斗は確かに見た。
ミニバンに引き込まれていく同じ高校と思しき女子。涙ぐんで対抗していることから、誘拐であることは間違いない。
その証拠に、彼女は助けてと小声で言っていた。
よく「大声を出せ」と言うが、いざとなったら不可能であることが証明できたと内心思いつつ、隆斗はそちらへ向かうことにした。
「ちょっと!この地域の犯罪者は特に危険だよ!」
必死で紫音が訴えかけてくる。
それは容易に想像できる。なにせ、世界でもトップクラスの科学力を誇る地域だ。向こうも、見たことがない武器なりなんなり使ってくることは想定内だ。
「ちょ、正気なの?」
隆斗の肩を掴んで、犯人にバレないように小声で問いかけてきた。
「はぁー」と、息を吐いて呼吸を整えてから、紫音に答える。
「彼女は、あと数秒で取り返しのつかないことになる。犯罪者は懲らしめる。勝率は百パーセントだ」
そう言って、歩いて現場に向かいだした。
「走らな……」
「走らないの?」という言葉が喉まで出かけた。言おうとした頃には、もう隆斗はいなかった。
「……!?」
そして気がつけば、すでに犯人は仰向けに倒れていた。
「……嘘でしょ」
あちらで何やら会話をしている。驚きを抑えつつ、一一〇番通報してからそちらへ向かうことにした。
「すでに犯人は拘束してあるので」と忘れずに伝えた。到着まで三分少々かかると言われたので、「わかりました」と伝えてから電話を切る。
軽く走って二人の元へ行く。走っているときに思ったが、隆斗と紫音がいた場所と、女子高生がいた場所は路地裏の端と端––––少なくとも五十メートルはあった。それを、あんな一瞬で走った隆斗には疑問が残る。
「ねえ、隆斗……今のって何?」
「俺、五十メートル走のタイム六秒台だから。あと、親父は警察官だったからな」
「いや、それにしても……」
「あと、瞬発力は誰にも負けない自信がある」
「……あ、うん」
これ以上聞いてもはぐらかされるだけだと悟ったから、ここでこの話を切って、誘拐されそうになっていた女子高校生に向き直る。
「君、名前はなんて言うの?」
隣で「警察の尋問かよ」とのツッコミがあったが無視する。
「時雨月姫美です。先輩方、ありがとうございました」
「ということは、私らの後輩なんだ。よろしくね」
結局、この後も隆斗の秘密を聞くことはできなかった。