同居人は冷たい
念願叶って遂に出会えたヴァンパイアは、威厳も気品もなく、住んでいる場所は大層な城ではなく、森の中の木造ロッジだった。
正直、期待外れもいいとこだ。出会えただけでも喜ぶべきなのかもしれないが、俺の理想とは違いすぎる。見た目は申し分ないのだが、話し方は愛想すら感じる普通の話し方だった。挙句、俺の口撃で泣いてしまうほど弱い。あれではただの夜行性の女の子だ。
その女の子に置いていかれ、一人部屋に取り残された俺は、その場に立ち尽くし動けずにいた。ここがどんな世界かも当然分かっていない。これからどうするべきか。部屋から出て、勝手にうろついたりして、突然喰い殺されたりしないだろうか。
悩んだ末に、俺が出した結論は……
「次のイベントが起きるのを待つか……」
なんとも能天気で、弱気な結論だと、自分でも思う。しかし、まずはこの部屋で出来ることをやろう。目先の情報収集が先だ。知らない土地に来て、不安だらけの俺は、部屋にあった本棚に目をやった。読めるとは思えないが、挿絵などがあればこの世界について何か分かるかもしれない。
適当に取りやすい位置にあった一冊を手に取り、ページをペラペラと捲る。本に書かれている文字は手書きで、丁寧に書かれてはいるのだろうが、やはり俺には読めない文字だった。
挿絵に描かれているのは、綺麗なサキュバスやメイド服のゾンビ。白衣を着たキョンシーと幼いフランケンシュタインに、可愛らしいポーズを決めるスケルトン、最後に頑固そうなオオカミ男。
全て、ファンタジーなものばかりだった。これが漫画や小説の類い、という可能性もあるが、この世界は『異世界』、と考えていいだろう。なんと言ってもこの目で見たヴァンパイアが挿絵に描かれている。三人のヴァンパイアが描かれていて、その中の一人が、先程目の前に現れたヴァンパイアそっくりだった。
ついさっき起こった出来事を振り返り、ここが今まで居た世界とは異なる世界だと認識する。そうなると幸いだった事が一つ。
「そういえば、言語は通じるんだな」
ここでヴァンパイアと初会話を交わした時、俺が口にしたのは日本語で、耳にしたのも日本語だった。発音が同じなら読み書きも、そう苦戦する事も無いだろう。
自分が今いる状況を少しだけだが、理解したことによって、ひとまず落ち着いてきた。
『異世界転生』……いや、前の世界で死んだわけではないから、『異世界転移』か。
そうなると気になるのは俺の能力だな。異世界に来たのだ。何かとんでもない能力を持ち、この世界に降り立ったに違いない。不老不死だったり、とんでもない魔力を持っていたり、モンスターを使役する能力なんかも良いな。
徐々に不安が和らぎ、『異世界』という非現実に対する期待に変わっていく。この調子でこの世界の情報を集めようと、開いていた本を一度机に置き、二冊目に手をかけようとした時、部屋ドアが開き、小さな子どもが入ってきた。
「まさか、本当に成功したなんて……」
その子は、小さな声に驚きを乗せて呟き、まじまじと俺の方を見ている。その姿はさっきの本の挿絵にあった白衣を着た『キョンシー』だ。キョンシーに白衣というのは余り見ないが、医者、もしくは研究者だろうか。それ以外は、ほぼ俺の知っているキョンシーだ。
腕は前にピンと伸び、その先に嵌めた手袋はだらりと下がっている。紫色の髪はあまり手入れをしていないのか絡まってボサボサで、その上にお札の貼ってある中華帽を乗せている。が、前後が逆だ。後頭部にお札がひらひらと当たっている。
が、この着崩しは良いのだろうか。お札はキョンシーのアイデンティティだろ。
無駄な心配をしていると、キョンシーがこちらにやってきた。ぴょんぴょんと跳ねながら近づいて来るその足音は、右足と左足、同時に聞こえる。俺の正面まで来たところで、目も合わせずに言った。
「ちょっと調べさせて。触るけど動かないで。」
俺の返事を待たずに、黒い手袋をはめた手の甲をペタペタと俺に当ててくる。聴診器を当てられてるような感覚だ。まぁ、この世界に対する適正。魔力の量なんかが分かれば有難い。大人しく診察を受ける事にする。
「なんか分かるのか、先生?」
疑問を投げかける俺に構うことなく、淡々と、好き放題俺の体を触ってくるこの子は、小さく頷きながら触る位置を変えていく。何かしら分かっているようだ。
それにしても、第一印象は暗くてシルエットしか分からなかったが、この子……可愛い。髪は今はボサボサだが手入れをすれば素晴らしいキューティクルが生まれるだろう。それに、くっきりした二重に、キュートな涙袋。少し凛々しさも感じる鼻筋。薄い唇は見た目通りの若さ故か「うるん」としている。うん、可愛い。
いや、俺はロリコンではない。決して。将来美人になるだろうなと想像しているだけだ。
誰にでもなく言い訳をしていると、突如、下腹部の急所に激痛が走った。
「あぐっ……っっっ……」
声にならない声を上げる。なんで急に? ジロジロ見てたから怒ったのか? 一通り調べ終わって生かす価値なしって判断が下ったのか? ここで喰われるのか? この痛みを受けた理由を知りたい。だが痛みで声が出ない。答えてくれ!
「性別は男か……」
「それだけ!?」
驚きすぎて声が出た。声が出たことに感謝すべきか否か。
「性別調べるだけならもっと優しく触ってくれませんかね。ていうかよく平気で触れますね」
痛みのせいでつい敬語になってしまった。その敬語が功を奏したのか、その子はようやく俺と会話してくれた。
「今のは、うちの主を泣かせた罰。それに、チ○コなんて毎日触ってる」
(毎日……だと……)
衝撃的な言葉にショックを隠しきれない。毎日って事はそういう相手がいるって事か? それとも取っ替え引っ替えしてるのか? その言葉を処理しきれないまま、次の言葉を聞く。
「もうちょっと調べたい。付いて来て。」
これはもう従うしかないのか。しかし、もっと調べるとなると、心臓やら脳みそやらが犠牲になるかもしれない。バラバラにされてホルマリン漬けにされる可能性だって……
一度痛みを受けたからか、この子から恐怖しか感じない。
返事を出来ず戸惑っていると、ドアの方から助け舟が来た。
「はい、一旦終了! その人とはお話しすることがあるの。」
そう言って部屋に入って来たのは、赤髪のお姉さんだった。
「でも姉さん、この人気になる。全身調べたい。出来れば中身まで。」
ほら、やっぱり。返事しなくて助かった。
俺は、ギリギリのところで助かったことにホッとして、助けてくれたお姉さんに感謝しようとしたが、お姉さんはキョンシーに向かって言った。
「時間は後でたっぷりあげるから、今はちゃんと言うこと聞いて。ね?」
訂正、全然助かってない。刑が先送りになっただけだ。どうやら味方はいないらしい。
キョンシーは、お姉さんに優しく諭され、少し頬を赤らめながら、素直に部屋から出て行った。ぴょんぴょんと。
部屋にはお姉さんと俺の二人になり、今度は騙されまいと、警戒心を強めにお姉さんと対峙する。緊張で口が開かなかったが、お姉さんの方がこほんと仕切り直した後、話し始めた。
「ようこそ、我が城へ。ですよね?」
優しい笑顔で話しかけてくる彼女は、一言で言うと『エロい』 いや、『超エロい』
タイツを履いたすらっとした綺麗な足、程よく肉の付いたお尻。くびれのある腰、お腹。そして、おっきいおっぱい。柔肌のーーーとか、ハリのあるーーーとか、純白のーーーとかは不要だろう。おっきいおっぱいだ。この『おっぱい』、『くびれ』、『お尻』。『お尻』、『くびれ』、『おっぱい』。の往復は何度やっても飽きないだろう。更にトドメの赤縁眼鏡。エロい要素だらけだ。こんなにエロいフェロモンを出せるのはあの種族しかないだろう。恐らく彼女は……
「申し遅れました。私、『サキュバス』です。プリムちゃんの秘書をしています。」
やはりか。夢魔、淫魔と呼ばれる所以を身をもって体感した。このフェロモンに当てられてつい、彼女の身体に手が伸びそうになる。
触りたい……手が勝手に宙に浮き、彼女へ吸い寄せられていく。それを理性で必死に押さえつける。
(サキュバスの『魅了』の力、恐るべし……)
この魅了の力に誘われて、触ってしまったが最後。死ぬまで精気を吸い取られるだろう。まぁ、それはそれで幸せな最期かもしれない。
そんな下劣な心の声を知ってか、知らずかサキュバスお姉さんが俺を見て、ニコニコしている。
「ふふ。安心してください。会って間もない方に『魅了』の能力は使いませんよ。」
なんだ、それなら安心……ん? 待てよ。能力を使っていないって事は、俺はただ、スタイルのいいお姉さんに欲情してた変態って事か。とんだむっつりスケベじゃないか。
自覚の無かった一面に辟易し、必死に昂ぶった感情を鎮める。
このまま黙っていると、また手が勝手に動きそうなので、半ば無理矢理、口の方を動かした。視線は、彼女の目と胸をうろちょろしているだろうが……
「……『プリム』?」
「我々の主です。先程、貴方が泣かせたヴァンパイアの事ですよ。」
優しい声色に、ほんの少し棘を混ぜて説明をしてくれた。主を傷つけた人間に対する当然の態度ってとこか。
「何か話しがあるんでしたっけ?」
その棘を少しでも早く収めてもらおうと、下手に出て、本題に戻す。
「そうそう。立ち話もなんだし、座って話しましょう。」
どうやら、少し長い話になりそうだ。太陽と交代して間もない、月の灯りだけが照らす部屋で、綺麗なお姉さんと二人きり。
俺は悶々とした感情を押し殺し席に着いた。
部屋の中央にある机を挟んで向かい合わせに座り、俺は会話が始まるのを待った。
その会話は、彼女が机の上に置いてある、俺がさっきまで読んでいた本を見つけたところから始まった。
「この本、読んだのですか?」
「まぁ……パラパラ……っと。」
「なら、話は早いですね。これはアルバム。この家に住む魔族が描かれているの。」
なるほど。確かに、これまで見た三人ともよく似ている。でもなぜ絵なのか。写真とかはこの世界に無いのだろうか。という疑問が浮かんだが、すぐに自己解決した。
ヴァンパイアは、鏡に映らないという。それは、鏡は魂を写すものとされているからで、似たように、魂を抜き取るなんて言われているカメラがこの世界にあったとしても、ヴァンパイアは写らないだろう。
その代わりに、この絵に魂を込めて描いたと言う事か。しかも、それをヴァンパイアのみならず他の魔族の絵まで。
(家族の絆……みたいなもの……なのか?)
少し、飛躍しすぎたか。しかし、そのくらいの魂を感じる出来映えだ。
自己解決した疑問は、置いて置き、次に気になった事を質問する。
「って事は、ここには今九人の魔族が住んでいるのか?」
「いいえ。」
少し冷たい返事が返ってくる。
俺の記憶が正しければ九人で合っているはずだ。
「もしかして俺を入れて十人だよ! とか?」
冷たい返事を、聞かなかった事にして少し明るく尋ねる。だが。
「いいえ。」
更に冷たい返事が返ってくる。今度は棘もある重い返事だ。
サキュバスは、そのままのトーンで続けた。
「今は全員で七人。先代の旦那様と、奥様は亡くなられました……」
サキュバスの声は僅かに震えていた。
そうだったのか。それは、悪いことを聞いたな。と、反省の言葉を口にしようと思ったが、その言葉は出てこなかった。いや、出せなかった。
サキュバスが、凍りつくような冷たい殺気を纏って、睨みつけてきたのだ。
その殺気をそのまま言葉にして、俺にぶつけてきた。
「御二方は殺されたのです……!貴様と同じ『人族』に……!『黒い瞳』ノ『人族』に殺サレたのです……!」
両者震えているが、理由が全く違う。
俺は恐怖。相手は憎しみだろうか。話し方が乱れる程の激昂。
慄く俺の目の前に、光る魔法陣が現れ、氷の槍が生成されていく。
この世界で初めて見た魔法は、冷たい殺気を放ち、俺の命を狙っていた。