8.そして。
「みゃー」
二人で鳴き声のしたほうへ顔だけ向けると二階から降りてきた猫、ソックスが入口に座っていた。
「仕方がない、今回は君に免じて諦めるか。いいタイミングだなぁ」
清水さんがソックスを見てそう呟き、よいしょとソファーから起き、私も立たされ解放…手は掴まれたままだ。
「あの、手を」
「本当に俺が嫌?こう触れられてるのも、気持ち悪い?」
座ったままの清水さんが、私を見上げてきた。
なんで、この人はこんなにもストレートに話すのかな?真面目な顔されると困る。
「からかっているんですよね?」
「冗談に見える?」
──話せば話すほど自分だけ追いつめられていく気がするのは何故だろうか?
「…嫌ではないです」
清水さんは、顔立ちといい中性的な雰囲気の人で、あまり男らしくは見えない。でも引き寄せられた腕の中は、男の人だった。柔らかくはないけど、安心する。その反面かぎなれない香水の香りや今も握られている大きな手に落ち着かなくなる。
「じゃあ、負担にならないようにするから、付き合ってみない?」
首をかしげて見上げてくる清水さんは、女の人より色気のようなものを醸し出している。
「っなんで私なんですか?」
特別美人でもない。
会社でも最低限しかお化粧もしてないし、爪だって切りっぱなし。できる美人な辻口さんや他の先輩もネイルを綺麗に塗っていたり女子力が高い。私が無さすぎなんだろうけど。
「う~ん、おもいっきり嫌がられたから」
「えっ?」
一気に脱力した。何それ?
「あとは、とにかく気になったから。理由がそんなに必要? 嫌いか、嫌いじゃないかでいいんじゃない?」
この人、かなりのアバウトだ。
「で、どう?」
「…保留で」
「え~」
だって、分からないよ。
「じゃ、試しに1ヶ月付き合おうよ。その間は手を出さないで我慢する」
「…清水さんって見た目と違いますね」
なんかこの展開についていけない。
「ナー」
いつの間にかソックスが私の足元まできていて足に体をすりつけてきた。初対面の人間の近くにくるのは珍しい。
「ほら、ソックスも付き合えってさ」
そんな事言ってない!
「で?」
「…わかりました」
口から言葉が出た。また何かからかわれる?下を清水さんを見たら。
「やった」
凄く嬉しそうに笑っていた。
「なんか清水さんってインテリ風ですごく大人に見えたのにイメージ崩壊です」
あまりにも子供のような笑顔にまた、余計な一言がでてしまう。
「それってガキって事?まぁ、今俺凄く機嫌がいいから暴言を許そう。じゃあ、まず仕事以外では、清水さん禁止ね」
そう言うとまた、あの意地悪そうな顔。
ニヤリという表現がぴったりだ。
「はい、言って」
なに、名前でってこと?真っ直ぐな視線に耐えられず。
「…夕貴さん」
「さんは、いらない」
めんどくさい。
「面倒がらないでよ」
なんで分かったの?
「呼ぶまで手離さないから」
うぅ。
「…夕貴」
「うん」
そんなに嬉しいの?
また引き寄せられ、今度はもっと強く抱きしめられた。手、離してくれるんじゃなかったの?
「瑠璃、改めて宜しく」
耳元で嬉しそうに名前を呼ばれた。
すりすり。
足元ではまたソックスがすりすりしてる。ソックス、私イケメンのメガネの彼氏が出来ちゃったよ。