逃避行
ルムネアは、何度も、後ろを確認し、駒を駆けに駆けた。いくら自分がまだ13歳の少女とはいえ小太りの武具泥棒と二人で乗っているのだ。
換え馬を使われて専属の騎馬隊に追われたら、5ホフもいくまでもなく囚えられていただろう。
ルムネアは、東に向かっていたが、出来れば、早く、届月山まで、なんとか、日が暮れるまで行き着きたかった。
馬を疲れさせてもいけないので、ルムネアは、馬の首を擦り、落ち着かせた。
「どうどう、、ゆっくりゆっくり、、、どうどう」
ルムネアは手綱も鞍も鐙も付けていない馬をなんとか必死に御していた。
ルムネアの後ろで荷物のように、腹を下にしてくの字で馬に乗っていたウリックが動いた。
「マイ・レディ、すいません、申し訳ないんですが、少し提案があるんですけど」
とウリック。
「もう、概ね大丈夫だぞ、サー・ウリック」
「そりゃ、よかったですね、しかし、赤い道標がずーっとお城から、続いているんですけど、、」
ルムネアが、ポッコポッコ、馬の足を落として振り向いて見ると、血が滴っていた。
「ウリックっ!!お前」
「あの、マイ・レディが、郭で誰何してマイ・レディが逃げる時、馬寄せた騎士がいたでしょ、あいつにざっくり斬られました」
「早く言え、馬鹿」
とルムネア、ぱっと馬から飛び降りて、馬の轡を取りに行ったが、裸馬なので、ないから、馬の口の周りをさすった。
「あんまり早く言うと、捨てられるかと思ったんで」
たしかに、血がポタポタ、下生えの草原に落ちている。軽症ではないらしい。
「サー・ウリック、見せてみなさい」
「というか、ここで、俺を捨ててください。ねぐら、あっちなんで、それと、今日のことは、全部なかったことにしてください、俺も、ちょっと出張って仕事しすぎました」
ウリックは、躰を起こし、今は、馬上できっちりまたがっているが、明らかに顔色が悪い。
「ねぐらは、あっちなんで、でも、一応役人に見つかると色々あるんで、馬はマイ・レディに譲ります」
ルムネアが見ると、ウリックの左の肩が、ダブレットごと、ぱっくり裂けている。
「そのまま、もたれて馬に乗っていなさい」
「昨日の晩から、寝ずに、攻城櫓の影に潜んでたんで、寝ちまいそうですよ、」
「もう、喋るな」
「そんな元気も、ないですよ」
「とにかく、荷を捨てなさい」
「馬鹿ですね、今日の稼ぎを捨てたら、意味がなくなっちまいますよ、マイレディが、あのヘルムを天幕に投げ込んだ時、泣きそうだったんですから」
「その長剣を捨てなさい」
「そいつは、出来ませんね、きっとこの刀がいる時が来ますよ、今日の終わりまでに、、、」
「使えもしないくせに」
ルムネアは、必死に馬の鬣を引いて歩かせた。
「腹が空きませんか、マイ・レディ?」
「そんなことより、敵の心配をなさい、サー・ウリック」
ルムネアは、馬を止め、自分のドレスとウリックの袖の生地どっちが清潔か見比べ調べた。
調べるまでもなかった。
ルムネアは、自分の袖をぐいっと破ると、ウリックの傷口に巻きつけ、止血帯とした。
ぐっと締めるとウリックが痛がった。
「それより、水ですよ、のどが渇いて死にそうです。届月山まで、行けば、沢がありますが、もっと早く言うべきでしたかね、やめたほうがいいですよ」
「なぜですか、ウリック。届月山には、巨人が住んでいるんですよ」
今や、馬を運ぶのは、ルムネアの役割で、ウリックを運ぶのは馬の役割になっていた。 決断すべきときは、過ぎたかもしれない。
「ウリック、お前のねぐらは、ここから、何ホフありますか?」
「もう大分、過ぎちまいました、早く、この海草原を越えましょう夜になったら、ことですよ」
「分かっています」
ルムネアの勢いもなくなってきた。こんなに歩いたことなんて、ここしばらくあっただろうか、基本、<狼の遠吠え>で軟禁されているのだ。郭を歩き回るのが精一杯だった。
あのころは、この城殻出たい、出たいと思っていたのに、今や、出た途端、生きるか死るかの瀬戸際に追い込まれている。
「あれは、<巨人のねぐら>ですよ」
ウリックが言った。
「届月山の麓の林です、あそこで休みましょう」
そういうと、ウリックが、気を失って馬の首につっ伏した。ルムネアがウリックの顔を見ると、顔色はもう青いというより白いだった。
日は、傾き、<狼の遠吠え>城の方に落ちようとしていた。
ルムネアは、ずっと馬が倒れたときの事を考えて、ここまで、逃げ進んできたが、家臣が先に、倒れるとは、思っても見なかった。
<巨人のねぐら>と呼ばれる林まで、もう少しだった。
水に流れる音も聞こえる。
もう少しだ。
しかし、新たな敵とも、もう少しだった。
月下人たちが、<巨人のねぐら>の林から、先取り屋を先頭に鏃の体型になって横に広がり歩いてきた。
馬にのった月下人は、いないが、逃げるのは難しそうだ。