09.うっかりしちゃって遅刻なのです…ま、まだ間に合うよね?
本の魔力とは恐ろしい。ちょっとした立ち読みのつもりが、ふと気が付けば数時間が経過していた。不幸中の幸いにしてちょうど十七時に気が付いたので、押っ取り刀で店を飛び出す。ずっと同じ姿勢で立ち読みしていたせいで凝り固まって、首裏、腰、肘、膝がバキバキだ。
待ち合わせ場所は、駅前の広場。肩で息をしながら見回すけれど、しかし件の女子高生らしき姿は見当たらない。営業回り中らしい背広の会社員や、帰宅するらしい学生などばかりだ。
まだ来ていない、か? 時計を確認するも、僕の遅れはせいぜい十分というところだ。いや、遅刻は遅刻で全面的に非は僕にあるのだけれども、いくら何でも十分でしびれを切らしてしまうとは思いたくない。しかしどれだけ見回しても、それらしき人が見当たらないのは事実だ。駅の中にも入ってみたけれど、やっぱりいない。
どうしたものか。このまま帰ったりしようものなら皆にフクロにされかねないからそれはないとして、何としても連れて帰らなければいけないのだけれど……。
困り果てていたところで、ポケットの中で何かが振動した。何かと思えば携帯電話、本日二度目の御仕事である。
『おう、ユーヤ。今駅前だな』
発信者はやはりと言うか前島さんで、そして僕が遅刻したのもやっぱり御承知らしい。
いや、十分だけなのです。許して。
「ええ、駅前にいるんですけど……でも例の女子高生の方が」
『ああ、いないんだろ。そうだろうな……予想通りに案の定、悪い予想がどんぴしゃりだ』皆さん僕にもわかるお話をしてもらえませんかね。『ちゃんと持ってるだろうな』
「え?」
『眼鏡とブレスレット。それから街に来る前に渡したペンダントだ。失くしてないよな?』
「あ、はい。ありますよ」
さすがの僕もそこまで抜け作ではない。ポケットからそれらを掴み出しながら返答すると、『さっさと身に着けろ』と前島さんは言う。有無を言わさぬその調子に、僕は是非もなくそうするけれども、
「しかしまた、これは一体」
状況に流されていくのは、まあいつものことなのだけれども。せめて多少の説明はほしいところです。
問うと、ああ、と前島さんは鷹揚に答えた。実に軽い調子で、
『これからひとつ、おまえには命を懸けてもらう』
「ふむ。成程、命を……命を!?」そんな、ちょっとおつかいに行ってもらうくらいのノリで言われても!
『いやなに、例のブツを持ってさえいれば大丈夫……のはずだ』最後に不安になるようなことを付け加えないでください。『で、これから向かってもらわなきゃいけないんだがな』
と、そこで僕はハタと閃いた。「もしかして、駅に近いところにある公園ですか?」
『ん、おう、そうだ。よくわかったな』
勿論僕が自発的に思いついたというわけではなく、先の田中さんの御忠告を覚えていただけなのだけれど。あの忠告はこのことだったのか。
「…………」うーん。
どうしてわかったんだろう。どこまでわかってるんだろう。
ともあれ僕の内心をよそに、前島さんは話を進める。
『お前の言う通り、その子は公園にいる。で、その子に会ったらだな、先にお前に渡したペンダント、あれを渡してやってくれ』ふむ、と僕は目の前にそれをぶら下げて見る。特に奇妙なところはない、普通のペンダントだ。先に十字架ではなく鳥居がついているところが珍しいと言えば珍しいか。「これを、ですか」
『それを渡すまでは、絶対にブレスレットを外すなよ。あと眼鏡もな。まあ眼鏡かけてないとそもそも見えないはずだが……』
また前島さんは思わせぶりなことを。けれどここまでくるとさすがに、僕にもだんだんとわかってきたぞ。
つまりはそう、そういうことだ。
それならば確かに田中さんの御忠告通り、用心するに越したことはなさそうだね。