06.ちょっと、全く容赦ないですね前島さん。
運転免許を取得したのは、浪人中だ。僕は大学入試に一度失敗して、一年の間浪人していた。勿論遊んでいたわけでなく、勉強もバリバリ……ぼちぼち、やっていたわけだけれども、勉強に倦んでいたストレスで、勢いで取ったのだった。資金は自腹です。実家が、まあ、いろいろとアレなもので、こっそりバイトしてたとかそんなアレで。そう、アレがアレでアレアレなアレはアレレのレ。
「何をひとりでテンパってるんですかー、ユーヤさん。出発しますよー」
前島さんの車に乗り込む手前で、加賀さんが立ち止まっている僕に声をかけてきた。ああ、と僕は加賀さんを見る。
「ええ、まあ……でもまつげさんの車って、何か、こう――ねえ」
でっかい、というか。ごついというか。
「免許は取ったけど、取っただけでして。ペーパーもペーパーですから、こういう、何ていうか」モンスターみたいな。「というか、僕の持ってる免許でこれ乗れるんですかね。何か別の、特別な免許が必要なんじゃ?」工事車両とか大型車両とか、確か普通の免許じゃ乗れなかったはずだし。
「さー」加賀さんの返答は軽い。「大丈夫なんじゃないですかー?」
「そんな」
「おーい、早くしろよ。出るぞ」
前島さんに急かされて、加賀さんは前島さんの車の後部座席に、僕はまつげさんに借りた車の運転席に乗り込む。そうしたところでさて出発か、と思いきや、一度自分の車に乗り込んでいたはずの前島さんがなぜか車を降りて、こちらまでやって来た。
窓ガラスを下げると、忘れてた、と前島さんは何かを握った手を突っ込んでくる。
「危ない危ない、これを忘れたらいかんのだった」
「え、何が危ないんですか」
「ユーヤが危ないんだよ」な、何の話ですか?「とりあえずこれ、持ってけ」
そう言いながら手渡されたのは、細い鎖状を輪に編んだ、
「……ペンダント?」
「おう。それ、例の女子高生に会ったらまず渡せ。それと、お前の眼鏡とブレスレット、それも持ってるな?」
「え、ええ」一応、常に持ち歩くようにしてるから、今も持ってきてはいますけど。「どうしてです?」
「必要になるからだよ。忘れずに装備していけ。そうしないと使えないんだからな」
はあ、とよく呑み込めていない僕に対し、前島さんは念を押すように顔を近づけて来て、
「命が惜しかったら、ちゃんと身に着けてろ。あたしはミトッちゃんに恨まれたくないからな」
だから、どうしてわけもなく不穏なことを。それに、水戸さん? どうして今水戸さんの名前が出るのだろう。
ともかく、頷いた僕を見て満足したのか、前島さんは自分の車に戻って言った。そしてすぐにエンジンがかかる。よくはわからないが、前島さんの言うことだ。よくよく肝に銘じておくとして……当面は、僕は車の運転だ。前方へ向き直る。
「た、高い……」
車高が、高い。エンジンを入れる。やっぱりちょっと怖いなあ……まあ、乗っちゃったからには行くしかないけど。一応、前島さんの後ろからついていくことにして、後ろから進んで行く。
アクセル、ブレーキは大丈夫、ギアも……位置はいいんだけど、サイズがなあ。
事故なんて、まして借りた車で事故なんて起こせないから、一層緊張するなあ。周りを見る余裕なんてない……安全運転、と思っているのに、
「な、前島さん、速いっ」
ていうか容赦ない! 後ろをついてる僕に全く気遣うことなく――ていうか、さては僕を忘れてるんだなスピード狂! せめて法定速度くらい守れ!
「あっと言う間に見えなくなってしまった……」
はあ、とため息をつきつつ、赤信号で車を止める。まあ……道は、わからなくはないから、何とかして行こう。買い物そのものに関しては、僕は役に立たないしなあ。メインの仕事は新人さんのお迎えだし。普通は、男手って荷物持ちになりそうなものなんだけれどね。そういえば最上さんと木鈴さんも佐々木さんの相手だとかになってるし……当てにされてないなあ。