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明日の天気はきっと晴れ  作者: FRIDAY
第一話 ゆうやけ荘へようこそ
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04.ゆうやけ荘の愉快なみなさん②

「ご、御飯できましたよー――って、あれ、い、いつの間にか皆さん、お揃いで」


 居間で、座卓を囲んでいる皆を見て水戸さんが小さな驚きの声を上げた。おう、と前島さんが片手を挙げて応じる。

「よっす、ミトッちゃん。御飯できたー?」

「あ、はい、できました――ああ、また前島さん、御飯の前に、お酒を……皆さん、何を?」

「んー、オセロだよオセロ。今、ユーヤとカガッちゃんがやってて。十五戦目で」


 十四連敗中です。あ、今全敗になった。

 おお、とどよめき。


「加賀さん、強いー……」

 いつの間にか自室から降りてきていた木鈴さんや、帰って来ていた最上さん、佐々木さんも挑んだけど全員全敗。それも全員がほぼ全戦において、大体五から十手の間に盤面が一色に統一されてしまうという驚異の圧倒的戦力差だった。

「いやもう、びっくりだ」

 まさか盤面が埋まることなく塗り潰されるとは。


「いやー、別に私は強くないですよー。皆さんが弱いんですー」

 加賀さん、笑顔でさらっと。


「そうだそうだ。お前ら弱過ぎだぞぅ。もうちったぁ頑張れよ」

「いや、前島さんなんて不戦敗じゃないですか」あとそんな勢いでお酒飲んでたらまつげさんに怒られますよ。


「加賀、なあ、オセロで勝つコツはなんじゃ」

「コツですかー、なんでしょうねー」

「なあなあ教えてくれ。せめてわっちもユーヤに勝ちたい」

 僕をボトムラインにしないでください。……まあ僕だって強くはないけれども。

「まあ、何ですかねー、初めの方は相手に取らせることとー、角を取られないこと、ですかねー」

「いや、加賀さん全然取らせてくれないじゃないですか……」五手目で全取りされちゃうんだから。角まで到達できない。


 ほいほい、と前島さんが数回手を打った。

「んじゃあ、さっさとメシにしようぜ。ちょうどまつげも帰ってきたし」

「え? まつげさんはまだ」ガラガラと玄関が。「ほんとだ」

「ただいまー……あれ、どうしたの? 皆集まって」

「オセロしてたんですよ……でももう御飯です」

「え、ほんと? また水戸ちゃんに全部やってもらっちゃったね。御免ね」

「い、いえ、そんなこと……これくらいしか、私にはできませんし」

「いや、水戸さんは家事全般凄いですよ……それに比べて」一同、ちらっと「おいコラ、何で今こっち見んだ、あァ?」「痛たたた! ちょ、前島さん、何で僕だけ!」

「ほらー、さっさと食べましょー」


 加賀さんの言葉で何とか意識落とされる前に解放されて、一同食卓につく。ええと、今日のメニューは、佐々木さんリクエストのハンバーグと、コーンスープ、それと、


「……ナン?」

 ナンだ。

 食卓の中央に、お洒落な網籠が置いてあって、そこに何枚ものナンが。


「何でナン?」

「あ、その、ユーヤさんが、ナンが食べたいって……」

「え」

 言ったっけ。


「ユーヤに食べたいって言われたんじゃあミトッちゃんも張り切っちゃうよなあ!」

「ですねー。大抵のものは作っちゃいますよねー」

 なぜかはやし立てる前島さんと加賀さん。え、何で僕が言ったら作ってくれるっていうんだろう。別に水戸さんの弱みを握ったりとかはしていないはずだけど。それにナン……ナン?

「あー……あ」


 言った、というか。「何でもいい」と言いかけながら躊躇ためらって「なん」までしか言わなかったそれだ。聴いた言葉を聴いたままに、素直に受け取ったのね。水戸さん、なんて素直な子……!


「で、でもナンって手作りできるものなんですね」

「なんですね、ってお前、それシャレのつもりか? 詰まんねー」前島さんには言われたくない。と、というか別にシャレのつもりでいったわけでもないんだからね!

「ちょ、ちょっと手間はかかるんですけど、うまくやれば、で、できないこともなくって……」

 わたわたと、心持ちちょっと嬉しそうに説明する水戸さん。いやでも、ナンって、ちょっとの手間でできるものだろうか……適当な鍋とか、必要なんじゃ……? とりあえず、いただきます、と手を合わせて、一口。


 おお。


「美味しい。ナンなんて滅多に食べることのあるものでもないけど、これ美味しいよ」

 まつげさんが感心した声を上げた。本当に、美味しい。加賀さんも頷いているし、佐々木さんはもう一言もなく黙々とちぎっては食べている。ああ、と前島さんも頷いて、

「でも美味いだけに、カレーが欲しくなるな。何でハンバーグなんだ?」

「あ、あの、それ、それは、」

「佐々木さんがハンバーグ食べたいって言ったんですよ」

 ふうん、と応じて前島さんはハンバーグを一口。僕も箸で一口分割って、口に運ぶ。

 うん、こっちも美味しい。合わせたのか、洋風だ。


「か、カレーは、また今度……き、今日は、コーンスープで……」

「ん。うん、こっちも美味しい。――水戸さん、本当に料理上手ですよねえ」

「ひうっ……」え、何ですくむの。

「そ、それは、りょ、料理の専門学校通ってるんだし……」

「いやでも、このレベルあってまだ学校行ってすることあんのか?」

「ですよねー。本当、水戸ちゃんはいいお嫁さんになれますねー」

「あ、それは本当に、僕も思いますよ」間違いなくこのゆうやけ荘の中でぶっちぎりに女子力高いし。

 ねえ、と水戸さんを見る――水戸さんは箸を置いて、両手で顔を覆って震えていた。


「え、ちょっと水戸さん、どうしました。大丈夫ですか」

「だ、だだ、だだだだだだだだだだだだ」

「絶対大丈夫じゃないですね!」何というアップテンポなビート!


「いやー、大丈夫ですよー、水戸ちゃんは大丈夫ですー。ねー前島さんー」

「おおよ。ミトッちゃんは大丈夫さ。なあまつげよ」

「え……そうなの? 大丈夫なの?」


 加賀さんと前島さんは何だか息ぴったりな感じで、まつげさんだけついて行けてない雰囲気。

 うーん、本当に大丈夫なのかな……何だか耳まで真っ赤になってるけど。


「まつげさん、今日も遅かったですね。研究、忙しいんですか?」

「んー? ああ、まあね。何か、新しく凄いこと思いついたとか言って、教授がノリノリでねえ。県外の郷土資料をかき集めてるんだよね。教授がほとんど無差別に収集してくるものだから、それを私と、他の院生とで片っ端から整理してるんだよね。まだしばらくかかるわー」

「まつげさんはー、民俗学専攻でしたよねー。今はどんなことをー?」

「中国地方の、山間部に伝わる怪異譚ね。これが曲者で、断片的な資料は膨大にあるくせに、全部本当に断片的なものだから、核心的な情報がほぼ皆無っていう状況でね……加賀ちゃんは? 最近はどう?」

「わたしですかー。わたしはですねー、まあ理学部ですからねー。ほとんど毎日実験ですねー。この間は隣の班の人がボヤを起こしてー、実験室の天井焼きましたねー」

 朗らかに言っているけれど、それって軽く事件ですよね。

「消防を呼んだらー消防の方々はボヤでもとりあえず学部棟全部に放水しますからねー、隣の研究室のパソコンのデータとかが全部飛ぶと大損害ですからー内々に始末しましたけどー」あの、事件性が上がってますよそれ。「ユーヤさんはどうですかー、ユーヤさんも文学部でしたよねー。専攻は決めてますー?」


 急に話を振られて、うーん、と僕は唸る。


「まだ入学して一ヶ月ちょっとだからなあ……どうしましょうね。民俗学も面白そうですし、でも哲学とか、心理学も興味あるし」

「おー、民俗学興味ある? 来る? 来る?」

「ま、そーゆーのはゆっくり考えてもいいだろうさ。にしてもユーヤ、とりあえずとにかく文系なんだな」

 ああ、確かに。興味ある分野は全部そっち系だなあ。


「まー、うちの大学はー、専攻分野の選択は二年生でー、本格的な開始は三年生になってからになりますからねー。ゆっくり考えるといいですよー」

「民俗学は面白いぞー」

「まつげ、今の話、聞いてたかお前」

「まつげさんはー、本当に好きですからねー、民俗学ー」

 確かになー。まあ、好きじゃなきゃ毎日こんなに遅くまでできないだろうしねえ。


 ……うーん、というか。


 佐々木さん、屋敷神っていう民俗学の見本みたいな人が(神様が?)傍にいて、前島さん、その筋の専門家っていう民俗学の見本市みたいな人がいて、テンション上がらないわけもない、かな。そのまま使うには、胡散うさん臭すぎるんだろうけれど。

「あー、あ、酒が切れた」

 ましてこんな人じゃなあ……。


「まつげー、酒もうないの?」

「ないですよ。前島さん、私が帰って来た時にはほとんど飲んじゃってたんですから……もう、佐々木さんの御神酒みきにまで手をつけちゃって」

「なにぃ! 前島、それは本当か!?」

「あ? あー……」

 ここまで他の誰の一切に耳を貸すことなく黙々がつがつ食べていた佐々木さんが全力で食いつき、露骨に視線を逸らす前島さん。どうやら本当に飲んでしまったらしい。あー、とあちこちに視線を彷徨わせた後、ああ、と不意に、ちょっと大げさなくらいの動きで手を打った。

「そうそう。今度このゆうやけ荘にもうひとり新しく引っ越してくることになったぞ」

 一瞬、しんと食卓が静まり返った。


「ええ!?」


 あ、訂正。佐々木さんだけは全力疾走で持ってきた御神酒を覆いかぶさるように抱えて、先の倍の勢いで飲んで食べている。


「と、言うことを二週間くらい忘れていた」

「二週間も!?」

 うん、とこともなげに前島さんは頷く。


「いつ越してくるんですか?」

「んーと、次の土曜だな。来るのは女子高生だ」

「女子高生……」

「何だよユーヤ、興奮するなよ」

「しませんよ。一体僕を何だと思ってるんですか……高校生ってことは、あの高校に通ってるってことですよね。ここからちょっと行った先の……でももう五月ですけど。ちょっと、時期が遅くないですか?」


 さあな、と前島さんは肩を軽くすくめた。


「よく知らね。詳しく聞かなかったし……まあ、あれだろ、進学したはいいけどいざ通いだしてみたら実家からちょっと遠かったから、近いところで安いところを探したら、うちくらいしか残ってなかったってことだろ。普通に考えるなら」

「へえー……」


 ざっくばらんに言う割には、結構的確な観察だった。最後の一言が気になるけれど……これはまた、何か一癖あるのかもしれないな。

 前島さんが思わせぶりなことを言うときというのは、決まって面白くなりそうなときなのだ(主に前島さんにとって)。


「確かに、ゆうやけ荘は安いですからねー……いわくつきがゆえに」

「そうなんですよねー。出るっていうか、来るっていうかー……その新人さんはー、平気な人なんですかー」

「お? ああ、平気だな。平気というかむしろ――」

「え?」

 前島さんは、言いかけてやめる。また何ですか一体。含み笑いとかやめてください。


「ま、あれだ。土曜日には来るから――一年生だ。ユーヤ、お前と一緒だな。仲良くしたまえ」

「はあ、仲良くするのはいいですけどね。でも僕、人見知りで」

「ああ、知ってる。頑張りたまえ」

「えー……」

「土曜日ね。それじゃあ、歓迎会開きましょうか。水戸ちゃん、土曜日は?」

「あ、空いてます……」

「わたしも空いてますよー」

「よしよし。それじゃあ、私も教授に言って空けてもらうよ。たまにはいいでしょ。他の皆も、空けといてね」

 まつげさんの言葉に、それぞれに頷いて応じる。それを確認して、まつげさんもにっこりと笑った。


「ではでは、皆で楽しく盛り上がりましょう」


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