37.おかえりなさい、佐々木さん。
これで僕が天に召されるか地に還るかという展開になっていたら何だかもういろいろと台無しなんだけれど、幸いにしてそんなことにはならなかった。
というか気絶すらしなかった。
「――はっ」
どすん、という衝撃が思いのほか柔らかかったためか、十メートルから落下したのに意識が明瞭だ。目を見開いた先に見えるのは、僕を囲んで見下ろすレディース。その向こうにはさっき見たばかりの薄闇の空。
「まさか夢っ!?」
「げ、現実です……」
おっと、水戸さんに突っ込まれてしまった。
最低でも骨折するか、少なくとも失神くらいはするだろう覚悟だったのだけれど、ところがどっこいぴんぴんしている。
どういうことだ。
「下見ろよ、下……そういうことだよ」
え、と佐々木さんを抱えたまま身を起こして確認すると、僕の下には何と、木鈴さんと最上さんが重なるようにして潰れていた。
こっちは綺麗に気絶している。
「お前らが落ちる場所に当たりをつけてな、私とまつげで投げてやったんだ――感謝しろよ、私に」
無闇に胸を張る前島さん。いや、それならまつげさんにも感謝しなければならないし、何より割を食っているのはクッションにされた木鈴さんと最上さんだ。目を覚ましたらそれこそしっかり御礼しないと。御礼で済むかな。
「とにかく……まあ、何だ」
頬を掻きながら、前島さんが言う。
「よくやったよ、ユーヤ……お疲れさん。それに何より」
言われるまでもなく自然と、皆の視線が佐々木さんに移る。僕に抱えられたまま、えぐえぐと泣きじゃくる佐々木さんも、幸いにして怪我はしていなさそうだ。
すっと膝を折ってしゃがんだ前島さんは、今まで見たことのないくらいに穏やかな顔で、佐々木さんの頭をそっと撫でた。
「――おかえり、佐々木ちゃん」
ん、と佐々木さんは頷く。何度も、何度も頷く。
その様子を見ていた前島さんは、よし、と弾みをつけて立ち上がると、いつもの尊大な調子に戻って朗々と言った。
「そんじゃあ佐々木ちゃんも戻ったことだし、パーティしようぜ! ミトッちゃんとまつげは料理な。カガッちゃんと花笑ちゃんは部屋の掃除だ」
「木鈴くんと最上くんはどうしますー?」
「あー、さすがに転がしたままにするのは酷か……ユーヤ、運んでおけ」
「え、僕がひとりで……?」
「前島さんはどうするんですか?」
「私か。私は……先に一杯飲んで、場を温めておく」
皆が、数週間振りにもとの調子に戻っていく。
やっぱりゆうやけ荘はこうでなくっちゃ。
「僕たちも行きましょう、佐々木さん」
佐々木さんを促して、僕たちも立ち上がる。まだ涙の止まらない佐々木さんだけれど、うん、と頷いてようやく笑顔を見せた。
「行くぞ、ユーヤ。今夜は朝まで騒ぎ明かすのじゃ!」
「あ、僕は木鈴さんと最上さんを運ばないと……」
いくらなんでも放置は酷い。けれど佐々木さんが楽しそうに笑いながら手を引くから、ふたりには申し訳ないけれども、少しだけ待ってもらうことにした。
こんなにも、嬉しそうなんだから。
だから僕も、ようやく言う。
「おかえりなさい、佐々木さん」




