33.前島さんはゆうやけ荘の保護者なのです。
前島さんの宣言通り、佐々木さんの捜索は翌日から始まった――とはいえ平日だ。花笑ちゃんは普通に学校がある。「花笑ちゃんも探します!」と全力で抵抗されたけれど、こちらも総力を挙げて宥め賺し、何とかして学校に行ってもらった。勿論僕らの方にも大学があるけれど、こちらは大学生だ、講義がない時間や昼休みにはゆうやけ荘に戻って来て、捜索の時間に充てた。
けれど、一向に見つからない。
初めのうちは、佐々木さんがいそうな場所を重点的に探した。台所、風呂場、蔵など。でも、いない。痕跡もない。そのうち当てもなくなってとにかく隅から隅まで虱潰しに探し始めた。居間は勿論、トイレ、廊下、個人の部屋まで探した。前島さんの住む母屋に至るまでだ。壁や床に隠し部屋でもありはすまいかと調べてみもしたし(なかったのだが)、果ては床下から屋根裏まで丹念に見尽した。
けれど、そのどこにも佐々木さんはいなかった。影も形もない。
そんなバカな。
とはいえゆうやけ荘の空間は、決して『ゆうやけ荘そのもの』に限らない。旧屋敷地にそのまま建てられているゆうやけ荘には、決して狭くない庭がある。ちょっとした林まであるくらいだし、最近佐々木さんが野良猫と遊んでいたというのはその辺りのことだ。だから林の中も探したし、ゆうやけ荘をぐるっと回り、端から端まで行ったり来たりしてみたけれど、とうとう佐々木さんは見つからなかった。
どうして――一体、どうやって。
根本的に、佐々木さんがゆうやけ荘の敷地から出ることは、それでもやっぱりできないはず。それなら、間違いなくこの敷地内のどこかにいるはずなのに。全員で手分けしてくまなく探しても見つからないだなんて、一体どんな身の隠し方をとっているというのだろう。
いや、正確には、全員ではない。
前島さんだけが、終始一貫して佐々木さんの捜索に参加していない。
ずっと居間のソファでだらだらしてる。
「さ、佐々木さんのことですから、さすがに何日かすればお腹を空かせてひょっこり出てくるんじゃないですかね?」
捜索を始めて三日目くらいには、花笑ちゃんもまだそうやって、少なくとも沈みがちな皆を励ます意味でも楽観的なことを言っていられたけれども……それが一週間にもなると、とうとう花笑ちゃんですら明らかに元気がなくなり始めていた。
「……もし」
とうとう、こんなことを言う。
「もしも、花笑ちゃんの参観日がなければ……花笑ちゃんがちゃんと部屋の掃除も、プリントの整理もできていて、参観日のプリントもひとりで処分できていれば、こんなことにはならなかったんでしょうか」
「違うよ」
さすがにこればかかりは、皆で即座に否定した。そんなわけがない。あっていいわけがない。
「花笑ちゃんが悪いことなんて何もないんだよ。それに、佐々木さんが悪いっていうことも、多分、ない」
折角、花笑ちゃんがあんなに喜んでくれていたことを、否定するわけにはいかない。花笑ちゃんの参観日に行ったことは、決して間違いではなかったんだ。だからそんな、内罰的に思い詰めないでほしい。
でも、花笑ちゃんにそんなことを思わせることになってしまっている佐々木さんのことも、責められない。
「……前島さん」
どれだけ探しても見つからなくて、いよいよ皆の疲労が――体力的にも精神的にもピークに達しつつあるところで、僕はとうとう前島さんに直談判することに決めた。
前島さんは、佐々木さんの捜索宣言以来、捜索に参加することなく、しかし口を出すこともなく、静観を保っていた。何か思うところがあるのだろうと、そんな前島さんの態度に対して皆も何も言ってこなかったけれど……そろそろここらが限界だ。
「何だ」
ひとり食卓につき、頬杖をついてあらぬ方向を向いている前島さんに、僕は言う。ここしばらく、ずっと思っていたこと。
「前島さんは、実は佐々木さんがどこにいるのか、わかってるんじゃないですか?」
何か根拠があるわけでも、証拠があるわけでもない。
確かに前島さんは専門家で、ゆうやけ荘の大家さんで、誰よりも佐々木さんのことをよく知っている。それでなくとも、普段から驚くほど勘がいい。勘どころか、どうやってか直接見聞きしているのではないかというほどに、鋭い。
そんな前島さんが、全く佐々木さんを探そうとしない。
もっとも、そんなことはやっぱり、根拠にも証拠にもなり得ない。ただ前島さんが無精なだけだということだってできるし、面倒なだけだと言われればそれまでだ。
だからこれは、ただ、そんな気がしただけなんだ。
山勘というか、当てつけにも近い僕の詰問だったのだけれど……これにまた前島さんは、驚くほどあっさりと、頷いた。
「ああ、わかってる」
「……え」
訊いておいてなんだが、まさかこれほどすんなり答えが返るとは夢にも思わず、我ながら酷く間の抜けた反応になってしまった。
数秒でようやく意味を理解し、変わらず頬杖を崩さない前島さんに慌てて言い募る。
「わ、わかってるなら!」
「わかってたって、あたしが教えるわけにはいかんだろう」
淡々と返されて、僕は言葉に詰まる。前島さんが教えるわけにはいかない。それはどういうことか。
「あたしにそれを聞くというのは、推理小説を解決篇から読むとか、ゲームにチートコードを使うとか、答えを見ながらテストを受けるとか、そういうことなんだよ……意味がない」
意味。意味とは何だ。
何の意味だ。
「佐々木さんが、家出をした意味……ですか?」
僕の問いに、また前島さんは軽く頷く。けれど、それがつまりどういうことなのか、言ってはみたもののよく呑み込めてはいない。
そもそも佐々木さんは、どうして家出をしたのだったか。漠然とわかっているつもりになっていて、はっきりと考えたことはなかったけれど。
花笑ちゃんの参観日に、ゆうやけ荘を出られない佐々木さんは皆と一緒に行けなかった。置いてけぼりにされた、仲間外れにされた……だから、拗ねた?
いや、ただ拗ねただけでは、こんなに長いこと家出したりなんかは、しない。
「そんなことはないさ。そこのところは、お前の予想で合ってるよ」
僕は別に、考えを声に出していたりはしなかったはずなんだけれど、前島さんはまるで聞いていたかのようなタイミングで否定した。
「え、それってつまり……」
拗ねただけ?
ああ、と前島さんは鷹揚に頷く。
「ただし本気で、な。花笑の参観日、あれは本当に行きたかったんだよ。でも、行けなかった。誰が悪いわけでもないことは、佐々木ちゃん自身よくわかってるさ。誰を責められるわけでもない、けれど、黙って忍ぶこともできない――だから、家出したんだな」
心配しなくても、と前島さんは軽く笑った。
「もともと佐々木ちゃんは、別に飲まず食わずでも平気なんだよ。しかるべき手順でしかるべきものをお供えしていれば、な。神様だから」
「そ、それはそうなのかもしれませんけど」初耳のことに僕はちょっと動揺を禁じ得ない。食べなくてもいいのに普段からあれだけ膨大に飲み食いしていたのかと思うと、多少言いたいことはあるけれど。「でも皆、心配してます」
花笑ちゃんなんか、とうとう責任を感じ始めてしまったりして……そう、花笑ちゃん。
今は前島さんによって抑えられているとはいえ、集霊体質の花笑ちゃんだ。もし自分を強く責めてしまって、『よくないもの』が花笑ちゃん自身に向かってしまったら――けれど、やっぱり前島さんは首を振る。
「それでも、ダメなんだよ。子供同士の喧嘩に大人が横入りするようなものなんだ、あたしが佐々木ちゃんを見つけるのは。それじゃあ、表面的には解決に見えても、全く改善されていない。むしろ、和解の機会を失ってしまう分、より悪化してしまいかねない。……お前たちが、自分たちの力だけで佐々木ちゃんを見つけてやらないと、ダメだ」
そんな、となおも僕は反駁しかけるけれども、しかし気持ちばかりで、言葉になって出てこない。前島さんの言うことは、確かに、わかるのだ。
子供の喧嘩に、大人が出てはいけない。当事者の間で解決しなければ、改善されない。だから、前島さんは動かない。
僕たちが、自力で佐々木さんを見つけなければ。
知っていて、けれど理解してあげられなかった、僕たちが。
「……でも、もう探せるところは隅々まで探しました。床下から屋根裏まで探しましたよ。それでも佐々木さんは見つからない……もう探せるところなんてありません」
せめて、ヒントくらい欲しい。それこそ子供の弱音のような言葉だ。ふん、と前島さんは軽く笑い、ん、と椅子に深く寄りかかって伸びをした。
「隅々まで、とは言うけどな。実のところ、お前たちはまだ探していない場所が一か所ある」
寄りかかったまま、ふう、と天井へ吐息を吹く前島さん。いや、探していない場所って言ったって。
「あとはもう、土の中くらいしか……」佐々木さんは、さすがに空は飛べないだろうし。「掘るんですか?」
本気で言っているのだけれど、僕の言葉を聞いた前島さんは一瞬目を丸くしてこちらを見て、すぐに口を歪めた。
「――ふは」
あっはっは、と大笑する。
「な、何でそっちに行くんだか……」
前島さん、大笑いが止まらない。
いや、別に面白いことを言うつもりはなかったんだけれど……。
「あの、前島さん」
腹を抱えて大笑いする前島さん。その笑い声を聞きつけて加賀さんや水戸さんが顔を出すけれども、僕は困って頬を掻くばかりだ。
ひとしきり大笑いした前島さんは、目じりに浮かんだ涙を拭いつつまだ笑い交じりに首を振った。
「そうしたければそうしたっていいがな、ちゃんと埋め直せよ」
「そんな言い方をされれば違うんだろうとはわかりますけどね……」あんな笑われてはね。
でも、それならどこだって言うんだ。
困惑する僕に、前島さんはにやにやと笑いながら短く言った。
「だから、それを考えるんだよ」




