30.それは誰もが願っていることなのです。
そういえば参観授業のあとには保護者の懇談会みたいのがあって、それはどうやら高校でも同様で、担任の先生と雑談をする場が設けられるわけだけれど、それにはまつげさんが参加することになった。さすがに全員で行くわけにはいかないから、まつげさんだけだ。皆を送ってあげて、と僕に鍵が手渡されたわけだけれど。
「あれ、いいんですか? まつげさん、車がないと帰りは歩きになるんじゃ」
「大した距離でもないから大丈夫だよ。懇談会ってどれくらい時間がかかるのかわからないし、佐々木ちゃんのこともあるから、先に帰ってあげて」
……そういえば、そうだ。佐々木さん。大丈夫だろうか。前島さんがついているとはいえ……とにかくそういうわけなら、と僕はしっかりと鍵を受け取った。別に運転免許を持っているのは僕だけじゃないんだけれど僕に迷いなく鍵が託されるということには、もはや言及しない。
そんなわけで、帰りは僕が運転席、あとは後部に花笑ちゃんを加えた編成で家路につく。まつげさんの車を運転するのはこれが初めてではないんだけれど、しかし。
車高、高いなあ……ハンドルも分厚いし……。
「皆が来てくれるなんて、夢にも思いませんでした! 何だかとっても楽しいです!」
きゃらきゃらと興奮冷めやらずはしゃいでいるのは花笑ちゃんだ。隣に座る水戸さんと繋いだ手をぶんぶんと振って、座席に座ったままぽんぽんと飛び跳ねる。「いや、危ないから落ち着いてね?」
「本当に、こんなに楽しい参観日、花笑ちゃんは初めてですよー!」
ふくふくと言う花笑ちゃんの顔は、名前に全く負けない大輪のような笑顔だった。守りたくなる笑顔だ。
「でも、皆さん用事があったんじゃなかったんですか?」
「それならー、皆それぞれ上手に折り合ってきてますよー。ただサボって来ているのはユーヤさんだけでー」ちょっと加賀さんそれは言いっこなしで。
「え、サボりはダメですよユーヤさん」
シートの縁をポンポンと叩きながら花笑ちゃんが膨れる。「ユーヤさんは不良ですかー?」
いや、大学生って割とあっさりサボタージュする人が多いし、できちゃう環境でもあるんだけどね?
まあ、今回は特別、かな。
「滅多にしないから大丈夫だよ」
「そうなんですかー?」
加賀さんみたいな間延びした口調で、半信半疑に言う花笑ちゃん。ぼ、僕ってそんなに信用ないかな。
「日頃の行いですねー」
「日常的に悪さしてる記憶はないんですけどね……」
むしろ酷い目にばかり遭ってる気もするぞ。変態の濡れ衣を着せられることも少なくないし。
「あ、そういえば、前島さんと佐々木さんは?」
一行にいないことに今気が付いたらしい。それだけテンションが上がっていたということだけれど……それに答えるのは、心苦しいものがある。
「佐々木さんは、外に出られないから……前島さんは、佐々木さんの付き添い、かな」
返答に窮して、結局そんな捻りも何もない回答しかできなかった僕に、「そうですか……」と残念そうな表情になる花笑ちゃん。けれどすぐにぱっと明るさを取り戻して、
「いつか佐々木さんも、外に出られるといいですね! そしたら皆でいろんなところに行きましょう!」
「そう……だね」
それは。
きっとあまりにも難しい、願いだ。
花笑ちゃんだから。無垢と無邪気と天真爛漫でできている花笑ちゃんだから、そんなに明るく言えてしまうのだろうけれど……それはきっと、誰にとっても酷な願いだ。
それを誰よりも望んでいて、望んだのが、佐々木さんで。
叶わずにい続けているのも、佐々木さんなのだから。




