21.僕の役回りは、まあいつも通りですよね。
その後三日ほど、境内をあちこち見て回ったけれど、結局全部が空振りだった。『よくないもの』どころか、本当に何もいない。さすがは神域、ということなんだろうかな。一応水戸さんや加賀さんにも訊いてみたけれど、特に何も感じないようだった。
ということで、僕たちはほとんどずっと美羽ちゃんと遊んで過ごしていたんだけれど、四日目になって早朝からいきなり前島さんに呼び出された。
「朝の五時って……早過ぎですよ……」
まだ日も昇りきってない。そんな時間に、僕のひとりで寝泊まりしている部屋に問答無用で上がり込んできた前島さんは、すやすやと眠る僕を布団ごと部屋の隅まで蹴り転がし、すわ地震か天動かと跳ね起きた僕を尻目に、片手に持っていた古い巻物を勢いよく広げた。
「進捗はどうだ。何か成果はあったか」
「いや……何とも」眠い目をこすりながら、僕は答える。「何にもいませんよ、この神社」
「何もいないっていうのは、何も見えないってことか。それはどれくらい何も見えない?」
「どれくらい?」
妙な問いだ。意図をはかりかねて答えられずにいると、前島さんは広げた巻物に視線を落としながら、
「肉眼で見たのと変わらないってことか、ってさ。どうだ?」
それなら、と僕は頷いた。『よくないもの』は勿論、『よくわからないもの』も、それ以外にも何も、少なくとも僕の目では見ていない。さすがは神域、と思ったものだけれど。
でも前島さんは、「成程な」と眉根を寄せた。
「ん? 何が成程?」
「おかしいとは思わないのか。『全く何もいない』っていう状況を。確かにここは神域ではあるけれども、それにしたって何もいないのはおかしい」
「いや、でも神域だから、穢れというか、淀みのようなものは全部祓われているわけでしょう?」
「穢れや淀みは、な。――だが、それなら神様はどこにいった?」
ん、と僕は言葉に詰まる。けれども、いや、そこは神様なわけだし、僕なんかに見えるわけはないんじゃ?
「確かに神そのものをユーヤ如きが見えるわけがないさ。霊感と見神はレベルが違う」如きとまで言われるのはちょっと。「でも『何かがいる』気配は見えるはずだ。もっと平たく言うと、『神々しさ』とか『荘厳さ』みたいな印象でもいい。――それすらも感じないってことだろ?」
それは、まあ。
「つまり……神様がいない、ってことですか?」
初めに前島さんが言っていたことだ。もっとも、口にしてみただけで、それがどういうことなのかわからないんだけれど……前島さんは頷く。
「でも、どうして神様がいなくなったんです?」
「ああ……この神社の祭神については、聞いてるか?」
「はい、市寸島比売……でしたよね?」
田中さんに教わった名前だ。水の女神。本社は福岡の宗像大社で、ここからだと飛行機を乗り継がないと届かない距離。
「そうだ。この神社は、宗像大社の分社というわけだが……実のところ、話はもう少し長い」
長い? 疑問する僕に、前島さんは床に広げた巻物を示す。これは、
「この神社の社伝だ。この神社が宗像大社からどんな流れで分霊されてきたのかがざっくり記録されてるわけだが……これによると」
「それによると?」
「この神社は宗像大社の分社の分社の分社の分社の分社から、分社された神社らしい」
「うわあ……」確かに長い。
「分社というのは本社から神魂を分けて建てられる。神威は分けたところで減じたりはしない。が、神の威光は生地でこそ不変不滅なものであって、遠く離れた場所でまで十全に発揮し続けられるわけじゃあない。一朝一夕になくなったりはしないが、所詮は人の手で移動されたものだ、何百年も経てばとても維持し続けられるものではない」
「つまり……遠く宗像大社からいただいてきた分け御魂が、時とともに薄れてしまった?」
「もっと酷い。だから言っただろう? ――この神社に神様はもういない」
もう、いない。いなくなってしまった。
「神社が建てられる場所というのは、往々にして『集まりやすい場所』、簡単に言うとパワースポットが多い。ある程度古い神社となると尚更で、この神社もそうだ。霊地ゆえに集まりやすい。これまではそれでも神がいた。穴を埋めるために神を置いたとも言えるが……しかし何度も言うように、今はもういない――空白となった穴には、集まって来る」
集まった『よくわからないもの』は、『よくないもの』になりやすい。
それが、長らくこの神社で起こり続けていた心霊現象の原因、というわけか。
ようやく事態を呑み込んだ僕を見て頷くと、前島さんは勢いよく立ち上がった。
「今夜だ」
「え?」
「今日の夜、深夜。決着をつける。眼鏡とブレスレットを忘れるな。付けて寝ろ」
ブレスレットはともかく、眼鏡はかけたまま寝ると危ないけど……「もう方策はできてるんですか?」
「ああ。まあ、やり方はいずれにせよ、基本的に同じだからな。何も難しいことはない」
いつもと同じ……というと、僕としてはあまり歓迎できないんじゃないかと思われるのですが。
「つまるところ、僕は何をすればいいんです?」
「あん? そんなもん、決まってんだろ――囮だよ」
ですよねー。




