17.苦学生な田中さんはいろんなところでアルバイトに勤しんでいます②
途中に休憩を挟みつつ山道に車を走らせること四時間。出発したのが確かほぼ昼ぐらいだったわけで、随分長く走ったんだなあ。日も結構傾いてきている。
着いたのは、小さな村を見下ろす山中に建つ、確かに古い神社だった。
「古い、けど、思ってたより大きいですね」
鳥居の前にある駐車場、というよりは空き地のような場所に車を止めつつそんな感想をもらすと、まあな、と前島さんは頷いた。
「昔からの郷社だそうだ。この辺り一帯の氏神でもあるから、信仰もちゃんとされてたらしいし、まあ大きくもなるわな」
氏神。この辺りの人口がそんなに多いとはちょっと思えないけれど、皆が氏子であるのなら、まとまったお金も入ってくるか。
それにしても人気がない……人が多いのは嫌だけれど、こうも全く人の姿がないと、何だか寂しいというか、侘しさのようなものを感じてしまう。まあ、昼を過ぎたと言ってもこの時間だ、普通ならまだ何かしら働いている時間、か。
車を降りた僕は漠然と、肉眼で神社を見上げてみる。といっても社殿ではなく鳥居だけれど。木製の、これも古い鳥居だ。奥に続く参道から見える拝殿も、同じく古い。周囲を囲む高い社叢も相まって、時間に忘れられてしまったかのような雰囲気だ。
「……しかし」
別段、おかしいところは感じない。ましてや鎮座する神様の有無なんて……まあ霊感の一切ない僕が肉眼で見たところで、何も見えるはずがないのだけれど。
それにしても、神様がいないっていうのはどういう意味なんだろう。訊いても前島さんは「後でな」とお酒を呷るばかりで教えてくれなかったし。酒くさい。
……不穏なことじゃなければいいんだけれどなあ。
「ほらー、ユーヤさんも荷物下すの手伝ってくださいー」
後部座席から荷物を引き下ろしている加賀さんに呼ばれて、僕も慌ててそちらへ行く。一週間分もの荷物だから、量も結構ある。幼女体型、もといかなり小柄な加賀さんの荷物を代わりに持って、遠慮する水戸さんの荷物もついでに持って、初めから自分で持つ気のない前島さんの荷物もまとめて持って、最後に自分の荷物も背負ってみると、あれ、僕ってば全員の荷物を持っちゃってるぞ。
「そろそろ着くって連絡入れたはずなんだが……」
火のついていない煙草をくわえながら前島さんが鳥居の向こうを覗いている。御神域なんだから煙草は、とたしなめると、まだ鳥居をくぐってないからノーカンだ、と前島さんは悪びれない。それは、まあ、そうかもしれないけれど……どうなんですかね。お酒の匂いも……あれ? お酒の匂いが消えてる?
思っていると、奥を覗いている前島さんが「お、来た来た」と声を上げた。荷物の隙間から苦労して見れば確かに、拝殿の脇から参道を歩いてくる人の姿がある。巫女服を着ているから、この神社の関係者に違いないだろう。僕らもその人を目指して、鳥居前で軽く礼をしてから御神域に入る。抱えた鞄で前も足元もほとんど見えないから、気を付けないと。石畳に躓かないようにとか、参道の真ん中を歩かないようにとか……。
「依頼を受けた前島だ。案内してくれ」
「承っております。どうぞこちらへ」
巫女さんに、前島さんは鷹揚に言う。どうやら声の届く範囲にまで近づいたらしい。けど、うん? この声って。
最後尾の僕は、その声を聞いて巫女さんを見ようとするんだけれど、抱えている荷物もあって全然見えない。いや別に巫女さんをまじまじと見たかったわけではなくてね? とにかくその声に聴き覚えがあったので、まさかと思ってようやく荷物をずらして見てみると、果たしてまさしくその人だった。
彼女の方も、大学で何度も見る、無表情を僕に向ける。
「た、田中さん、どうしてここに?」
「おや奇遇ですねユーヤさん、こんなところで会おうとは」
巫女服を着こなして折り目正しく立っているのは、誰あろう、田中さんだった。




