15.前島さんのアルバイトはいつだって強引です。
「ユーヤ。バイトだ。明日から」
はい?
夕食の席で座るなり一番にそう言った前島さんに、食卓を囲んでいた一同が一瞬止まった。勿論、名指しされた僕も例外ではなく、というか一等驚いている。
何ですって?
「だから、バイトだよ。今までだって何度かあっただろう。今回もそれだ。明日から一週間な」
「いや、でも、折角明日から夏休みで……」ゆっくりしたいと思ってるんですけど。しかも話が急すぎます。
「いいだろ別に。どーせすることもないんだし。ちゃんとバイト代も出してやるんだから、むしろ有意義ってなもんだろう」「いやでも前島さんのバイトって」「決定な。で、他には……」人の話を聞きやしねェ。
ぐるり、と一同を見回す前島さん。と、いの一番に手を挙げるのは佐々木さんだ。
「はいはーい! わっち! わっちも暇じゃ! 連れてけ前島!」
「いや、佐々木ちゃんはゆうやけ荘から出られないからダメだ」
「ぬう……前島のいけず」
席に座り直して佐々木さんは思いっきり膨れっ面になっている。その横で、今度は花笑ちゃんが元気よく挙手した。
「はいはーい! じゃあ花笑ちゃん! 花笑ちゃんが行きたいです!」
「え、いや、でも花笑ちゃんは……」
思わず僕が止めかける。だって花笑ちゃんは――前島さんを見るも、別に何を言うでもなくビールの缶を開けている。一番止めなきゃいけないのは前島さんだと思うんだけど。
いくら前島さんが対処しているとはいえ、前島さんの仕事に花笑ちゃんを連れて行くのは、かなりデンジャーだと思うんだけれど……しかし花笑ちゃん自身はそんなことは知らないので、それを理由に止めるわけにもいかない。え、どうしよう。
と、僕が言いあぐねている間に、夕食を運んできたまつげさんがするっと、
「花笑ちゃん、夏休みの宿題あるでしょ。計画的に取り組まないと、最終日にやり残しがあっても誰も手伝ってあげないんだよ?」
「う」
覿面に顔をしかめる花笑ちゃん。大方の予想通り、長期連休の宿題は最後まで溜めるタイプのようだ。さらには重ねるようにして加賀さんもしれっと、
「それに、花笑ちゃんは水泳の授業の補修があるんじゃありませんでしたっけー? この間言ってましたよねー。あれは確か、夏休みに入ってすぐじゃありませんでしたかー?」
「ぬ」
これでもはや退路なく、花笑ちゃんは食卓に沈んだ。
「残念です……面白そうなのに。……まあ仕方ないです。でも、ところでバイトって何のバイトなんですか?」
さっぱりと切り替えの早い花笑ちゃん。というか、何だかわからないのによく立候補できるよね……さて、誰が答えたものか。
と思っていると、全員の視線が僕の方を向いているのに気が付いた。あ、やっぱり? そういう役回り?
「えっと、前島さんの仕事のお手伝い、だよ」
「お手伝い? 大家さんのですか?」
「いや、そっちじゃない方。あー……霊能者って言って、わかる?」
「れーのーしゃ」ダメそうだね。
「簡単に言うと、幽霊……お化けを何とかする人のこと」
我ながら随分と簡単に言ってしまったけど、それなら花笑ちゃんにもわかったようだ。
「お化けを。何とか、って何するんですか?」
うーん……何と言ったものだろう。前島さんの場合、何でも、なんだけれど。「お祓いしたり、成仏させたり……なのかな」
より正確に言うと、前島さんの専門は人霊や動物憑きをどうにかすることではなく(勿論そういう仕事もしているけれど)、それ以前の『形ないもの』や、悪くなってしまいそうな『場』を未然に整える、という方に寄っているらしいのだけれど。その辺りのことは僕自身よくわかっていないので説明しにくい。
「なるほどぉ、前島さんは凄い人だったんですね!」
恐らく完全にわかってはいないながらも、素直に花笑ちゃんは感嘆している。そうだろう参ったかとふんぞり返っている前島さんは置いておくとして……花笑ちゃん。
言ってみれば花笑ちゃんも、前島さんの専門職掌内なんだよね。
意識せず、好むと好まざるとに関わらず、『集めて』しまう体質。
それは僕も見たものだ。透かし見れない程に濃く厚く集まった『何だかよくわからないもの』。今は前島さんの処置で鎮静化しているそうだけれど……しかし、花笑ちゃん自身には一切関知できないもの。
それが、前島さんの専門。
とまあ、それは別にいいのだけれど、問題は他ならぬ前島さんに僕が手伝わされるというところにあって……。
「――ん、あれ、最上と木鈴はどこに行った?」
おや、見れば確かにふたりの姿がない。さっきまで料理を前にして座っていたはずなのに、料理ごと消えている。それなら、と最後の料理を運んできたまつげさんが、
「最上くんは急いで完成させなくちゃいけない絵があるから部屋で食べるって。木鈴くんはとにかく部屋で食べたいんだって」
あ、あのふたり、逃げやがりましたね。
美術科の最上さんはまだしも言い訳になっているけど、木鈴さんは行きたくないっていう本音が丸出しじゃないですか。
そうかよ、と前島さんは鼻を鳴らすけれど、そこまで残念でもなさそうだ。例によって、当てにしてなかったということか……ふたりとも、僕よりは勘があるはずなんだけれど。
ゆうやけ荘の中で霊感の類を一切持ち合わせないのは、集霊体質の花笑ちゃんを例外とすると、僕だけだ。
「それじゃあ、明日から一週間暇な奴は?」
前島さんが残る一同を見回す。佐々木さんはさっきハネられた腹いせにか、不貞腐れた顔でもう料理にがっついているし、花笑ちゃんもやっぱり前島さんの仕事に連れていくわけにもいかないだろう。そもそも高校生だし。となると残るはまつげさん、加賀さん、水戸さんの三人なわけで……あれ、僕の都合は考慮してくれないの?
まつげさんが手を挙げた。
「すいません、私は是非行きたいんですけど、夏休みはしばらく研究室に籠らなきゃいけなくて。泊まり込みで」
「む、そうか。お前がいないのは残念だな。お前も専門がこっちに近いから話のわかりが早くて助かるんだが……仕方ないか。カガッちゃんとミトッちゃんは?」
「わたしは暇ですよー」
「わ、私も、空いてます……」
加賀さんは呑気に、水戸さんは恐る恐る、といった感じで答える。ということは全部で四人だ。よし、と前島さんは頷いた。
「それじゃー決定な。あたしとユーヤとカガッちゃんとミトッちゃん。出発は明日の昼な」
それだけ言うと、全て済んだとばかりに前島さんは料理に食らいつき、お酒を浴びるように呑み始めた……いやいや。
「あ、あの、前島さん」暴飲暴食中の前島さんに話しかけるのは、いつもちょっと怖いんだけれど……食べられちゃいそうで。「仕事の内容は?」
ん、と前島さんは米を飲み、お酒を呑む合間に、
「それは明日、車ん中で教える。遠出になるから荷造りしておけ。――まーいつもの通りだから、しっかり英気を養っておけ。この世に未練が残らないようにな」
だから、さらっとそういうことを言わないでください……前島さんが言うと冗談に聞こえないんですから。
それにしても、いつも通りというと、やっぱり……。
前島さんの仕事を手伝うことそれ自体は、百万歩譲ってまあいいとして、どうしても困ることが、ひとつ。それが、無駄と分かっていながらもバイトを毎回渋る理由でもあるんだけれど。
毎度毎度、前島さんてば軽快に僕の命を懸けるからなあ。
バイト代は、結構豪快にくれるんだけれど。
この間の花笑ちゃんの件にしても、間違ったらどうなったかわからなかった――僕が。
ともあれ決まってしまったものは仕方がない。観念して、今晩中にさっさと荷造りしないと……と夕食を食べながら考えていたところで、ふぁっ、と突然佐々木さんが叫んだ。
「待て、まつげも水戸も一週間もおらんのか? そ、その間の食事の支度は誰がするのじゃ!?」
そういえば……普段の炊事担当がふたりともいないとなると、ゆうやけ荘に残る皆にとっては結構由々しき問題か。
でもまあ、あまり心配するほどのことでもない。
「そりゃあ、木鈴がいるだろ。あいつに作ってもらえ」
そうなりますよね。「木鈴かあ……」と佐々木さんは既に半ば凹んでいる様子。よくわからずきょとんとしているのは花笑ちゃんだけだ。まあ、佐々木さんの気持ちはわからなくもない――いつも結構凝ったものを作って食卓を彩ってくれる水戸さんとまつげさん以外で唯一炊事場に立てる和装の人、木鈴さんは、ふたりとは対極のような料理しか作れないからねえ。
明日から、どうやらゆうやけ荘は三食とも精進料理になるようです。




