12.みんなで大歓迎ですよ、花笑ちゃん。
「はい、それじゃあ皆さん、グラスは持ちましたね――では、花笑ちゃんの御着到をお祝いして、かんぱーい!」
まつげさんの号令で、わぁ、と一気に宴席が盛り上がった。特に、乾杯の前から既にお酒の入っていた前島さんと佐々木さんのテンションが高い。しかし未成年がためにジュースを勢いよく呷っている主賓の花笑ちゃんのテンションも全く遅れず高い高い。
「まつげ! まつげ! 料理はまだか!」
「そうじゃまつげ! どんどん持ってくるのじゃ!」
「どうして一番働いてないふたりが一番要求してくるのかな……いいんだけどね。もう持ってきますよ。ちゃんと水戸さんに感謝してください」
「「ありがとう!」」
「い、いえ……」
ふたりのテンションの高さに、ちょうど料理の大皿を運んで来ていた水戸さんは気後れしたように返す。しかしふたりは既に水戸さんを見ておらず、料理の山に襲い掛かっている。と、見ればその並びに花笑ちゃんも加わっていた。
もりもり食べてる。
「……あれ、最上さんと木鈴さんは?」さっきまでいたはずなんだけど。
「ふたりはさっき前島さんに呑まされてー、もう引っ繰り返ってますよー」
「え」
「あ、ちょっとふたりとも、大丈夫? 何でソファの後ろで伸びてるの?」
向こうでまつげさんが目を回しているふたりを助け起こしている。ああ、あれはダメだな。いつものことだけれど、ふたりは前島さんの押しに弱過ぎるよね。お酒に強いわけじゃないのに。
「おいひい! おいふぃですね! おりょうりおいふいでふ!」
「こら花笑ちゃん、口にものを入れたまま喋らないの。食べるか喋るかどっちかにしなさい」
「…………」
「喋る方を放棄しましたねー」
まつげさんに注意されて、花笑ちゃんはもぐもぐと食べることに専念する。話すことより食べる方が優先度が勝ったらしい。しかしそれは言葉よりも如実に感想を表しているから、水戸さんもちょっと嬉しそうだ。
「ま、ミトッちゃんとしてはユーヤに褒められるのが一番嬉しいんだろうけどな」
「そうですよねー」
「え、い、いえ、そんなことは……」
「ほらユーヤ、どうなんだよ」「感想を述べるのですー」
「そりゃあ、勿論、美味しいですよ」
「ふああぁぁああ」
「おう、ミトッちゃんが真っ赤になって顔を押さえてしゃがみ込んだぞ」「青春ですねー」
「んん……?」話がわからないのだけれど……。
「花笑ちゃんはー、高校生なんですよねー」
「そうですよ! 花笑ちゃんは一年生です」
ぴっかぴっかの、と歌い出している花笑ちゃんを横目に、僕は前島さんに訊きたいことがある。けれど、佐々木さんと並んで一心不乱に料理を貪っている前島さんに話しかけるのは、ちょっと怖いな……。
「あ、あの、前島さん」
「んお、おう、何だユーヤ。飯はやらんぞ」御飯は自分でいただきますからいいですとも。僕は心持ち声のトーンを下げながら、「……その、花笑ちゃんのことなんですけど」
花笑ちゃんは今もペンダントを身に着けている。目覚めたときには不思議そうにしていたけれど、とりあえず着けているように言ったら、素直にそのままでついてきた。ゆうやけ荘についてからは前島さんに「絶対に外さないように」と厳命されていたけれどそれにも特に疑問も持たないようで元気よく承諾していた。
良くも悪くも素直な子でよかった。ちょっと心配になるくらいだけど、ともかく。
「あの子のアレは、何だったんですか」
アレというのは勿論、あの『真っ黒』のことだ。膨大に寄り集まった『何だかよくわからないもの』。あんなに集まっているのは初めて見たけれど、それがどうして花笑ちゃんを中心として集まっていたのか。
僕の疑問に対して、「ああ、あれな」と前島さんの返事は実に簡素だった。
「体質だ」
「た、体質?」
「そ。集霊体質」こともなげに言って、前島さんは唐揚げを摘まむ。「しかも、かなり強力な奴だな。放っておくと節操なく収集していって、集まり過ぎるとよくないことになる」
『何だかよくわからないもの』が集まり過ぎると『よくないもの』になることがある。それは、僕も見たことがある。
「だからあのペンダントを渡したわけだ。対症療法的ではあるが、あれでその体質をかなり抑えられる」
「体質ってことは、ずっとそうだってことですよね。今まではどうしてたんです?」
「さて、な……詳しくは聞かなかったが、何度となくエライことになったらしい。よくわからん霊能者やら宗教家やらを頼ったが八方ダメで、最近になって私の話を聞いたらしい、人伝に頼まれた」
「頼まれたって」
「ま、厄介払いだな。平たく言うと」
厄介払い。
家族から?
花笑ちゃんの引っ越しは、高校が近いから、という牧歌的な理由ではなかったのか。
僕は、こっそりと花笑ちゃんを窺う。
佐々木さんと春巻きを奪い合い、まつげさんや加賀さん、水戸さんと楽しげに話す花笑ちゃんには、そんなことを窺わせるような陰は一切見られない。
天真爛漫そのもの。
でも、前島さんの話が本当なら、家族にも相当に疎まれていたはずだ。家族だけではない。ちょっとでも長く関わった人間には例外なく、『よくないもの』は移る。
それなのになぜ、あの子はあんなに無邪気に陽気でいられているんだろう。
「それが、あの子が無意識に身に着けた処世術――みたいなもの、なんだろ。悪意だとか、邪念だとかに徹底して鈍くあること」
そうでもなければ、とっくに発狂している。
『何かよくわからないもの』であれば、集まっただけでどうということもない、というかどこにでもあるものではあるのだけれど、これが集結して『よくないもの』に変質してしまうと、そのままその通り『よくないこと』になる。
悪意、邪念に敏感になる。
そして、悪意や邪念に乗っかって――移る。
俗に言う、『呪い』のようなものだ。
奴に関わるとろくなことがない。そう評されるような人物は、稀にいる。その評が、正鵠を射ている場合も極稀に、ある。
つまり花笑ちゃんが、そういうタイプだということ。
体質となれば、本人に非は全くない。むしろ花笑ちゃん自身が悪意や邪念を排することで、多くの『呪い』を未然に防いできたはずだ。けれども何も知らない人から見てみれば、周囲に散々不幸を撒いておきながら自分だけは平和に幸せに生きているように映るだろう。
何か不幸のあったとき、その中心にいつも花笑ちゃんがいたのなら。
それが何度も繰り返されたのなら。
彼女自身が祟り神と見做されても不思議はない。
周囲のその印象は、さらに新たな悪意を生み、集める。
そうして、新たな邪念を浴びながら。
自分は誰にもそれを向けない。
それは――酷く、難しいのではないか。
「……根本的に、どうにかすることはできないんですか」
「体質だからな。こればっかりはあたしでもどうにも……その方法の模索も含めて、あたしの庇護下で観察する、ということさ」
「花笑ちゃん自身には、あれは見えるんですか?」
「いや、見えない」きっぱりと、前島さんは首を振った。「あの子に霊視の類の才能は一切ない。多少勘が鋭いってくらいだな」
「そうですか……」
それは、不幸中の幸いと言えなくもないことだろう。
花笑ちゃんが、花笑ちゃんであるということで、苦しまずに済むだろう。
「ま、仲良くしようぜ。新しい入居者だ。家賃も増える。豪華な飯も出る。言うことなしじゃないか」それは主に前島さんの都合ですね。
何はともあれ、どれも僕が心配しても仕方のないことだし、余計なお世話にもなりかねないことだ。いざというときにはフォローできるだけの気持ちを持っておくとして、今はこのパーティを楽しもう。
と、テーブルの上の料理を見たところで、
「あれっ!? 料理がない!?」
「あ、ユーヤくんちゃんと食べてなかったの? 前島さんと佐々木ちゃんと、花笑ちゃんもが凄い勢いで食べてっちゃって」なくなったわけか。僕と話している間も前島さんは食事の手を緩めていなかったしな。
「つ、作りますか?」慌てて立ち上がろうとする水戸さんをやんわりと押しとどめながら、僕は笑う。
「いや、さっきまで結構いただいていましたから、大丈夫ですよ」
さて、いつの間にか皆さん宴もたけなわなようで。僕と水戸さんはそもそもお酒が苦手で呑まなくて、加賀さんは呑んでも変わらないからよしして(絵面は犯罪的だけど)、酒乱の気がある前島さんと佐々木さんが大騒ぎし始めて、まつげさんもお酒が入って少し陽気になったことでストッパーがいなくなり、極めつけにお酒が入らなくてもずっとハイテンションな花笑ちゃんが中心にいることでもはや収集がつけられない騒ぎに。――というか花笑ちゃん、テンション高過ぎない? 佐々木さんと肩組んで大笑いしてるけど。
「まさかお酒入ってませんよね?」
「あー、花笑ちゃんはですねー、どうやら炭酸で酔っ払うみたいなんですよねー」
え、ほんとにいたんですねそういう人。
と、佐々木さんと一緒に盛り上がっていた花笑ちゃんが、ふとこちらへやって来た。仄かに頬が赤らんでいる。炭酸で酔うというのは本当のようだ。
「わあ! 私より小さい人がいるー! ねえねえ、あなた何年生?」
「二年生ですよー」
「わー、二年生なんだ! しっかりしてるね! でもどうしてここに住んでるの? 小学生なのに!!」
「私は大学生ですよー」
「すいませんっしたァ!!」
「花笑ちゃん、土下座綺麗だねえ」
「まあ、確かに加賀さんってどう見ても小学生……」
「失礼ですねーユーヤくん。加賀さんだってまだまだこれから成長するんですよー、そしてゆくゆくはまつげさんや前島さんみたいなナイスバデーになるんですよー」
「そうですよね! まだまだこれからですよね!! 私だって、あと五年もすればおふたりのようなボンキュッボンに!!」
「花笑ちゃんはともかく、加賀さんはさすがに……」
「さっきからユーヤくんが失礼ですよー。ちょっと懲らしめてやらねばー」
「え、あ、ちょ、やめ、あっ、あひゃひゃひゃ、ひ、っひひひ! すいませんでした! 脇腹は! 脇腹はほんとに勘弁してください!! ――っあ!!」




