11.これが、佐々木さんの御仕事なのです。
これで、あとは帰還して歓迎会をするだけだ、と思っていたのだけれど、もうひと悶着あった。
それも、ともすれば先程よりももっと大変なことが。……全く、お家に着くまでが遠足ですとはよく言ったもの。
花笑ちゃんを助手席に乗せて、まつげさんの車で帰る――花笑ちゃんがまた、よく喋ること喋ること。自分のことやゆうやけ荘に引っ越すことになった経緯、ゆうやけ荘について、あるいは車窓から見かけた珍しいものと、あれやこれやくるくる話題が変わり、しかも僕が何か反応するより早く次の興味に話題が移っているため、僕はほとんどただ相槌を挟むだけになっていた。まあ、案の定人見知りを発動していたので、その方が有り難いことは確かだったのだけれども(初対面の、しかも年下の、女の子とふたりきりというのは辛い)。しかし突然ハンドルを操る腕をガシガシ引いて「あれ見てください、あれ何ですかあれ!」とテンション上げるのは、事故を起こしかけるので勘弁願いたい。
そんなこんなで、到着。
「ここがゆうやけ荘ですかー!」
車を降り、正面から見上げる。
「思ってたよりも新しいんですね!」
「まあね、十何年か前に立て替えたばかりだそうだから」
一応確認したけれど、前島さんの車はしっかり車庫に停まっていた。本当に帰っていた……地味に寂しい。
おー、と口を開けて見上げている花笑ちゃんは、放っておくといつまでもそうしていそうな雰囲気だったので、花笑ちゃんの荷物を持ちつつそっと背を押して促す。
「今日は、皆との顔合わせも兼ねて花笑ちゃんの歓迎会するからね。ここっていろいろと変わったところがあるけど、その説明も」「歓迎会してくれるんですか! 凄いですねえ、パーティですね!」「そうだねえ」聞いちゃいねえ。
まあ、細かいところはおいおい教えて行けばいいだろう。佐々木さんのこととか。
そんな気持ちで、花笑ちゃんの背を押しつつ、ガラガラと引き戸を引いて玄関に入り――パァン。うぉう。
「ゆうやけ荘へようこそ!」
わあ、と俄かに玄関口が盛り上がった。そこにはまつげさんをはじめほとんど皆がそろっていて、どうやら花笑ちゃんの到着を待ち構えていたらしい。先の発砲音はクラッカーだ。
初めの一瞬こそ驚いて固まった花笑ちゃんだけど、すぐに諸手を上げてハイテンション。
「初めましてー! 花笑ちゃんです! よろしくお願いしますっ!」
驚くほど緊張に無縁の子だ。出会って二秒で打ち解けてしまった。羨ましいスキルだな。
いえーいと立ち並ぶ皆の列に飛び込む花笑ちゃん。靴は脱いでねと慌てて言われたりしていて、やー微笑ましいなと眺めているとふとこちらも一歩離れて眺めている前島さんと目が合った。
よ、と気軽に片手を上げる。
「ユーヤもご苦労さん。どうやら大過なく済んで――あ?」
ふと前島さんの顔がわずかに曇る。何だろうとその視線を追うと、花笑ちゃん。
その、肩。
わだかまる影。
「まさか……!」
慌てたのは僕だ。見紛うはずもない、それはついさっきまで花笑ちゃんの周囲を塗り固めていた『何だかよくわからないもの』、その断片だ。ペンダントによってすっかり祓われたと思っていたのに、どうやってか隠れていたものらしい。
まずい。
ゆうやけ荘に、『よくないもの』を連れてきてしまった。
「おいおい困るぞ――」
言葉ほど困っていなさそうな表情ながら、前島さんはおもむろに手を伸ばす。と、『それ』は気付かれたことに気付いたらしい、急に花笑ちゃんの肩から跳ね上がると、前島さんの手をかいくぐって向こう、ゆうやけ荘のさらに奥の方へと一直線に跳んでいく。
「しまった――」
さすがに慌てて前島さんが身を翻すが、間に合わない。まして未だ三和土に立つ僕に手の届くもなく。
なすすべもなく、『それ』の侵入を見送るしかない――と。
「なーまだか、まだなのか? わっちはもう待ち切れんくて先に料理を食ってしまうぞ」
想像以上の盛り上がりを見せる玄関に痺れを切らして、居間からひょいと顔を出したのは佐々木さんだ。そういえば、歓迎の列の中にいなかったな。新たな入居者よりも豪華な料理の方が優先度が優ったらしい……いや、それよりも。
「佐々木さん、そっちに『それ』が――!」
思わず僕は叫んだ。『それ』は狙ったかのようにまっすぐに佐々木さんの顔を目がけて身を躍らせる。このままではぶつかる――
だが、佐々木さんの対応は軽かった。
「あ?」
眉根を寄せて、眼前に迫り来る『それ』を全く臆することなく睨む。そして、
「何じゃお前は。小汚いのう、飯が不味くなるわ」
去ねぃ、とまるで虫でも追い払うかのように、しっしっと軽く手を振った。それだけだった。
たったそれだけで、『よくないもの』が、ぼうんと煙になって消えた。
「……おー」
「そら、邪魔はもうおらなんだ。さっさと始めようぞ!」
もう佐々木さんの頭は料理のことでいっぱいだ。感心する僕に構わず、また居間へ引っ込んでしまう。一連の騒動に気付かず盛り上がっていた皆も、はーい、と楽しげに応じて居間へ入っていく。
残された僕と前島さんは、顔を見合わせて苦笑した。
そう、佐々木さんはこのゆうやけ荘の屋敷神であって――つまりこれが仕事なのだった。
ここにおいてはいかなる魑魅魍魎も、佐々木さんには敵わないのだ。




